その後の調べで、長男は15年間にもわたって引きこもり生活を続けながら一家を“支配”、インターネットを介して買い物や借金を繰り返していた、ということがわかった。父親の通帳は長男が管理し、その一部から生活費などを親にわたして、あとは本人が自由に使っていたという。今回の惨劇は、見かねた両親がネットを解約し、長男がそれに激高したのが直接のきっかけともいわれる。
多くの人は、それを知ると「なぜそこまで長男を甘やかしたのか」と思うだろう。実際に「引きこもりの子どもに通帳を管理されたり、ネットで買い物をされたりして黙っていた両親も問題だ。結局は過保護すぎたのではないか」といった声も聞かれた。
診察室でも、同じような事例を少なからず目にすることがある。つまり、引きこもりの息子、ときには娘が一家を物理的、経済的に支配するようになっている、というケースだ。
私が経験したある事例は、まだ10代の少年がリビングルームやキッチンのある1階を“占拠”、両親と弟、妹は2階の小さな部屋で息をひそめるように暮らしていた。お風呂は少年が寝ている時間帯に音を立てないようにして入る。キッチンはまったく使えず、水は2階のトイレの洗面所からくんで、食事は調理の必要のない弁当やパンですべてまかなっている、と母親が話してくれた。
「ほかの家族4人で小さなテレビを音をごく小さくしながら見て夜をすごしていると、息子は下から“うるさいぞ!”と怒鳴ります。もし応じないと、窓をあけてワーワー叫び出すんですよ。そうなると近所にも迷惑がかかるでしょう。結局のところ、言うことを聞く形になってしまって……」
この少年の場合も、両親は決して過保護というわけではないし、今もよかれと思って服従しているわけではない。「相手は子どもなのだから、ビシッと叱ればよい」と親戚などからは言われるが、そんなことをしたら息子は何をするかわからない。両親が迷惑をかけられたり犠牲になったりするのはよいが、弟や妹、近所の人などにまで被害が及ぶのはなんとしても避けたい。「もっと真剣に息子と話し合え」と言う人もいるが、昼夜逆転の息子と話し合うには徹夜覚悟。そうなると仕事にも支障が出てくる。結局、自分たちの最低限の生活を守るためには、息子の言うなりになるしかない、という線に落ち着いてしまうのだ。豊川の一家の生活も、一見、異様だが、おそらく家族にとっては苦渋の選択であったのだろう。
では、そういう場合はどうすればいいのか。確実な方法があるわけではないのだが、いくつか言えることがあるとすれば、「突然、毅然とした態度に出るのはむしろ危険」「本人の自尊心を傷つけるやり方は間違い」、そして大切なのは、「何らかの形で他人がかかわる必要がある」ということだ。
昔は、近所の人、親戚の誰か、あるいは親の同僚や旧友などがあれこれ出入りし、家は今より風通しのよい場所だった。たとえ親子のあいだで問題が起きかけても、“近所のおじさん”が「まあまあ」と割って入ることで、お互いの肩の力がすっと抜けることもあっただろう。それが最近は家がすっかり密室化し、何か問題が起きるとあっというまに危険な緊迫状態ができ上がってしまう。
もちろん、近所の人や親戚が突然、家を訪れて本人と話し合う、などというのは現実的ではないが、せめて両親だけでも定期的に精神科医など専門家のもとに通えば、つらい気持ちを打ち明けたりつき合い方のヒントをつかんだりできることも少なくない。家族の問題なのだから、とにかく自分たちだけで何とかしなければ、と周囲に心を閉ざさないようにすること。とりあえず、そこから始めるしかない。