ところが、日本のメディアの反応はいまひとつだった。
連日のトップニュースは、大相撲の八百長問題。さすがにムバラク大統領が辞任を表明した後は、各紙の一面がカラーで取り上げたが、「民主化への道のりは簡単ではない」「イスラエルとの関係はいったいどうなる」など懸念材料があげられたり、テレビでは博物館から文化財が盗難、など混乱の様子を繰り返し報じたり、“お祭りムード”はあまり感じられなかった。インタビューにこたえたエジプト人が「今日くらいは喜ばせてくれ」と言っていたが、日本のムードは「いや、今日から早くも新たな困難が始まるんですよ」とでも言いたげ。
エジプトにいまひとつ波長を合わせられない日本。その理由のひとつには、地理的事情があるだろう。エジプトもその前に政変が起きたチュニジアも、イランやイラクのさらに向こう、アフリカの国だ。旅行者も少なくないとはいえ、アジアや欧米の国々に比べて、なじみがあまりに薄い。
ただ、それだけではないだろう。まず、日本はいま国内の問題で精一杯で、とても遠い外国で何が起きているかに関心を持つ余裕はない。これも大きな理由のひとつ。いくらフェイスブックやツイッターなどでリアルタイムに現地の情報が手に入る、と言われても、それらをチェックするよりは、直接、自分の今日の仕事や生活にかかわることに目が行ってしまう。そういう人のほうがずっと多いだろう。
そして、もうひとつ。私たちがもう、「変化」に期待することができなくなっている、というのも大きいと思う。せっかく熱狂のうちに政権交代を実現させたはよいが、その後、日本社会の状況はよくなるどころか、ますます悪化。「これじゃ、政権交代前の自民党時代のほうがまだよかった」という声さえ、ちらほら聞こえてくる。
そんな「チェンジして失敗だった」という実感を持つ人は、とてもエジプトに対しても、「長年の独裁政権が終わってよかったね! これから新しくすばらしい時代が始まるんだ!」とは言えない。「チェンジしたって、たいていはいいことも何もないよ。そのうち、“ああ、ムバラク時代がなつかしい”なんて言い出したりして…」とシニカルな目で見ることしか、できなくなっているのだ。もしかすると、これはアメリカにしても同じことかもしれない。
悲観的にしかものごとを見られない。「こんなことをして失敗だった」という後悔や「昔はよかった」という過剰なノスタルジーばかりが、頭に浮かんでくる。これらは、典型的なうつ病の症状と言える。
してみると、エジプトの激変に盛り上がれず、評価もできない私たちの社会は、本格的に「社会全体としてのうつ病状況」に突入した、ということになるかもしれない。個人としてのうつ病の治療は精神科医が専門だが、社会や国家のうつ病を治すのはいったい誰なのだろう。やはり政治家ということなのだろうか。いずれにしても、“名医”の登場に期待したいものだ。