事務局が提示した取りまとめ案では、「退院目標値」というのが掲げられている。これは、同じ月に入院した患者の50%が退院するまでの期間を、2020年度までに2カ月間へと短縮しよう、というものだ。ちなみに現状では、約半年間かかっている。
「入院期間を短くして家庭でケアできるよう、その支援を厚くするのはよいことじゃないか」という意見もあるだろう。しかし、検討チームのメンバーの大半がこれに異論を唱え、記者会見まで開く事態となったのだ。それは、なぜか。
会見を開いた委員らによると、「認知症に限らずすべての精神疾患の医療において、地域生活の中で治療を受けられる社会制度を十分に整え、入院による医療が最低限となることが望まれている」が、そうした状況の達成を評価する指標には、必ず次のふたつが必要だという。そのひとつは「入院が減ること(イン)」、そしてもうひとつが「入院しても短期で退院できること(アウト)」だ。
ところが、取りまとめ案では後者の「アウト」についての目標値だけが定められている。そうなると、これを達成しようとして、精神科病院の中には「病床数をより増やし、短期で退院できる軽い認知症の患者さんを多く入院させる」という動きが出てくることも考えられる。つまり、結果的には入院がかえって促進されることにもなりかねない。
委員らは、取りまとめの前に、「入院を最低限にするための目標値(認知症による入院を最小限にする地域支援・医療体制の拡充に関する具体的な目標値)についての協議・検討をもっと行って設定すべきだ」と主張しているのだ。チームのメンバーのひとりには、京都のたかぎクリニックの高木俊介医師もいる。高木医師はこれまで、心の病を抱えた人の在宅治療を積極的に進めてきた立場から、「このままでは、認知症もこれまで精神障害者が大量に長期収容されてきたのと同じ歴史をたどることになる」と、この流れに強い危惧の念を表明している。
高齢化社会を迎えて、「認知症の患者さんを誰がどこでケアするか」は大きな問題になりつつある。家族の中には「ウチではとても面倒見られないので、なんとか病院で」と望む人も少なくないが、とくにまだ病状が進行していない認知症の方々にとっては精神科病棟での生活は必ずしも適していない。やはり何といっても家庭や地域での生活か、それがむずかしければケアハウスなどの日常的な機能を持った施設での生活が望ましい。もちろん、ただ「はい、家族で面倒見なさい」ではなくて、それを支えるさまざまな福祉サービス機能の充実が不可欠だ。しかし、もし高木医師らが指摘するように、「少しでも認知症の症状が現れたら、すぐに精神科病院に行って出たり入ったりを繰り返せばよい」というのが“常識”になったら、彼らの病状はあっという間に進んでしまうだろう。
イタリアが精神医療改革を行って、ついに入院病棟をゼロにしたという話は広く知られている。そこには「精神科病院を維持するよりは地域でケアしたほうが安くつく」という経済的理由も大きいといわれるが、試行錯誤しながらも、今のところはこの改革は成功したと見られている。
家族の負担も減らしつつ、認知症による入院がこれ以上増えないよう、きちんと地域支援や医療的ケアの体制づくりを行っていく。そこが充実していけば、いきなり「退院目標値」などを設定しなくても、おのずと入院者は減り退院者は増加するのではないだろうか。今後の流れに注目したい。