では、どういう「義務」が職場に課せられるのだろう。
まずは、健康診断と同様に、「従業員のメンタルチェック」が必須となる。では、そこで「メンタル面で問題あり」とされた従業員は、経営者や上司などから「ちょっとキミ、うつ傾向があるから病院行ったほうがいいよ」などと通達されるのだろうか。
もちろん、そうではない。その結果は個人情報中の個人情報であり、原則的にはその職場の産業保健スタッフである産業医や健康管理室の保健師から、従業員へ直接、通知することになる。産業保健スタッフは、本人の同意を得ずに、その情報を経営者などに提供することを禁じられる、という。
そして、本人が希望すれば、その従業員は医師の面接指導を受けられるが、もちろんそれで不利益が生じるようなことはあってはならない。その上で、必要なら勤務時間の短縮や配置転換などの対応策が講じられることになるのだという。
この制度は、法改正に盛り込まれた後で、来年(2012年)、秋にも実施される予定だ。もちろん、従業員が自分のストレス状況などを把握し、医師などの専門家に相談したり、環境を改善してもらってストレスを減じたりすることは、とても大切だ。この制度により、早期にうつ病などが発見されて治療につながったり、うつ病などが発生する前の予防が進んだり、というメリットもおおいにありそうだ。
しかし一方で、誰もが想像できることだが、懸念されることもたくさんある。まず、全従業員が行ったチェックテストの結果を、どうやって厳密に管理するか、ということだ。法律では、それはたとえ事業者が望んでもみだりに見せてはならぬ、と明記されるようだが、とはいえ、産業医などの産業保健スタッフも事業所からの依頼で働く身だ。もし、経営者が「ちょっとメンタルが気になる社員がいるので、その人の結果を出してよ」と言ってきたら、どうするのだろう。本当に「いえ、たとえ社長でも、法的に結果を見せてはならないことになっていますので」と断ることはできるだろうか。
また、チェックテストと面談で「治療の要あり」となっても、受診を拒む従業員がいたとしよう。その場合でも、もし本人が「この結果は誰にも言わないで」と言ったら、原則的に保健スタッフはそれを口外できない。「本来なら上司にも伝えて協力してもらって、なんとか受診に導かないと危険だ」という場合は、どうなるのか。
職場のメンタルケアについては、現時点でも本人、産業保健スタッフ、そして事業所サイド、外部の受診機関がある場合はその主治医、という三角関係、四角関係の中で、さまざまな複雑な問題が起きている。それに加えて、「ケアの義務化」となった場合、現場はそれにどう対応していけばいいのか。早くも頭を悩ませている事業所もある、と耳にした。
もちろん、理想は従業員の心身の健康がしっかり守られ、その人たちが元気に働くことで、事業所も結果的に利潤を上げる、といういわゆる「Win-Winの関係」だ。ところが、それほどクリアにならないのが、このメンタルケアという問題。そこには人間というものが持つ複雑さ、個人の顔と社会への顔の違い、などなどいろいろな要素がからんでいるのだろう。
ただ、せっかく法が改正されるからには、「やってみたけれど失敗だった」とならないように願いたい。私自身、産業医の業務にも携わっているので、この問題については今後も新しい動きがあったらここで報告することにしよう。