こんな一瞬、目を疑うようなニュースがネットで話題になった(キャリアブレイン 2011年11月8日付)。ただ内容までを読むと、記事の医療情報会社が行った調査結果では、44%といちばん多かった「やむを得ない」までを「消極的な賛成」とカウントしていることがわかった。ちなみに「全面的に反対」と「参加しないほうがよい」を足すと、やはり44%。「全面的に賛成」は9%にとどまっている。
おそらく「やむを得ない」と答えている医師たちは、「国際社会における日本の立場」といったグローバルな視点から、「参加しないと孤立するのでは」と懸念しているのであろう。もちろん「やむを得ない」派の中にも、こと自分たちがかかわる医療の領域で限定して考えれば、「市場原理がこれ以上、導入されるのは問題」「国民皆保険制度が崩壊する」と危惧する医師は少なくないはずだ。まさに「総論は(消極的に)賛成、各論は反対」ということだろう。
このように、この種の問題を議論するときにネックになるのは、いつも「視野を狭くするべきか、広げるべきか」ということだ。視野の広い人ほど、「医療に限って言うならそれは反対だよ。でも、自分たちの立場ばかり主張しすぎても、単なる保身か競争に参加したくないだけかと思われかねないし。日本全体のことを思えば、痛みを引き受けるのは仕方ないのか…」と反対しにくい状況に追い込まれている。実際にネットの掲示板などでは、TPP参加に強い反対を表明し続ける農業団体に対しては、「自分たちさえよければいいのか」といった批判の声も散見される。
私自身、これまではなるべく広い視野でものごとをとらえたい、と思ってきたが、最近、少し考え方を変えた。視野を広くしていくと最終的には世界を覆いつくす「グローバル経済」と一致してしまい、市場原理を選択することになってしまうことに気づいたからだ。だとしたら、とことんまで自分の領域にこだわり、「とにかく医療にとってTPP参加は絶対にマイナス。ほかの分野のことは知りません」と言い続けたほうが、まだよいように思えてきたのだ。
この11月2日には、日本医師会、日本歯科医師会、日本薬剤師会で作る「三師会」のトップが、合同記者会見で「TPP交渉参加反対」を表明した。そこで日本医師会長の原中勝征氏はこう語っている。「日米交渉の中では、株式会社の参入、混合診療、薬価等、いろいろな問題が俎上にあがっているが、国民にとって無くてはならない保険制度に風穴があけられ崩壊することがあってはならない。TPP全体に反対する気はないが、国民皆保険が崩壊することだけは譲れない」。政府は、交渉には保険制度の問題までは議題に入っていない、と説明しているが、いまひとつ明確ではない。また、いますぐ交渉が行われなくても、なし崩し的に今後、保険制度にも手が及ぶ可能性は十分、考えられる。
この記者会見での意見表明じたいは評価したいが、ここでも「視野を広くする」ことに伴う歯切れの悪さが目につく。それは、「TPP全体には反対する気はないが」というあたりだ。それが「グローバルな視点で言えば必要なのもわかりますが」という譲歩に取られ、結局は「なんだ、医師や薬剤師も総論は賛成か」と思われかねない。もし、懸念を表明するなら、ここは視野をぐっと狭くして「ほかの分野のことは知りませんが、とにかく医療や保険に少しでもかかわるなら、TPPには断固反対」と言うべきではなかったのだろうか。
TPP交渉参加の問題に限らない。次から次へと難局が押し寄せるいまの時代、ときには視野を狭め、「自分たちさえよければいいのか?」ときかれて「そうです、私さえよければそれでいいのです」と答える自己中心的な態度が必要になることもあるのではないだろうか。