昨2012年12月、柔道のナショナルチームで活躍する女子選手15人が、JOCに日本代表監督などの暴力・ハラスメント行為を告発する文書を送ったことが明らかになった。大阪の桜宮高校の問題があり「柔道の選手たちもついに声を上げた」と大きな話題になったが、文書は高校での事件が起きる前に提出されたものだ。
15人の選手たちは匿名を希望しており、取材などにも一切、応じていない。それぞれが第一線の選手なので、今後の選手生活や代表選考への影響を恐れているのだ。言いかえればそれくらい、彼女たちにとって連盟や指導者陣は“怖い存在”だったということだろう。
選手たちの正式な代理人ではないが日ごろから彼女たちをサポートし続けてきた山口香氏が、かわってマスコミの取材に応じた。山口氏は、自身も「女三四郎」と呼ばれた競技者で、全日本柔道連盟の広報副委員長も務めている。いわば連盟側の幹部だが、今回は女子選手寄りの立場で行動し、発言し続けているのが印象的だ。
山口氏によると、昨年、選手たちから暴力や連盟の理不尽な姿勢について相談され、事態を重く見た彼女は、懸命に連盟との橋渡し役を担ってきたようだ。しかし、納得のいく解決には至らず、山口氏はある時点でこう選手たちに告げたという(以下、山口氏の発言は朝日新聞13年2月7日付)。
「ここからはあなたたち自身でやりなさい」
山口氏は、今回、いちばん大切なのは選手たちが「気づいた」ということだ、とも語る。
「あなたたちは何のために柔道をやってきたの。私は(中略)自立した女性になるために柔道をやってきた」
自分の経験を踏まえて後輩たちにこう問いかけた山口氏は、とくに女性の競技者に「メダルのその先」を見ることを促す。21世紀のいまになっても、「女性の自立」は簡単なことではない。プライドと自覚を持ち、職業的なスキルを身につけ、心理的にも経済的にもひとり立ちできなければ真の意味での自立は達成できない。山口氏は、柔道というひとつの道をきわめるのは、女性にとっては「自立を実現させるための強力な手段」だと考えているのだろう。
それまではともすれば「強くなりさえすればいい」と思っていたかもしれない選手たちにとって、これはまさにショッキングな問いかけだったに違いない。万が一、体罰が競技者としての成績を上げるのに役立ったとしても、それは人間としての尊厳を傷つけ、自ら意思を持って考える力を剥奪する。だとしたら、たとえメダルが取れたとしてもそれは「自立への道」にはならない。結局、女子選手たちが自主的に行動を起こす決意をしたことを、山口氏は高く評価する。
「彼女たちは気づいたんです。何のために柔道をやり、何のために五輪を目指すのか。『気づき』です。監督に言われ、やらされて、ということでいいのか。それは違うと」
今回の柔道女子選手の問題には、「スポーツと体罰」という問題のほかに、「女性の自立」という大きなテーマが隠れている。選手の側も「殴られるのは愛のムチだ。コーチは私がメダルを取れるように導いてくれるのだ」と思い、全面的に依存する態度を改めなければならないだろう。そしてとくに女性選手たちは、「私は何のためにスポーツをしているのか。ただメダルを取るためか」ということ、さらに「私にとって自立した人生とは何か。どうすればそれが実現できるのか」ということまでを考えなければならない。むずかしいが、たいへん重要な問題だ。スポーツに関係している人もそうでない人も、考える必要があると思う。