これは日米の「自殺する医師」の数だ。いずれの国でも、医師の自殺率は一般のそれと比べて高いといわれている。日本のある研究では、「一般の1.3倍」ということだ。
最近のアメリカの医学論文によると、医師の自殺をわかっている範囲で分析したところ、「女性」「年齢が(一般の自殺に比べ)高い人」「既婚者」の割合がとくに多いことがわかったという。さらに特徴的だったのは、何らかの精神疾患(mental illness)を持っていたと考えられるにもかかわらず、適切な治療を受けていた形跡はないという人が目立って多かったことだ。
おそらく「精神疾患」というのは、うつ病やその周辺の疾患のことだろう。つまり、やや乱暴にまとめてみると、「医師は仕事のストレスなどでうつ病になることが少なくないが、そうなっても自ら治療を求めて受診することはなく、重症化してついに自殺に至る可能性が高い。とくに既婚者や女性の場合でその傾向が目立つ」ということになるだろうか。
ここで問題はふたつある。ひとつは「なぜ医師はうつ病になりやすいのか」ということ、もうひとつは「なぜ自分で専門医にかからないのか」ということだ。
ひとつめの「なぜうつ病に」というほうだが、これは「長時間の激務」「重い責任」や「自分を責めたり責められたりする場面も少なくない」「スタッフとの人間関係の問題も生じやすい」といったさまざまなリスクファクターが考えられる。とくに女性の場合、子育てや介護などの生活と仕事とのバランスで苦しむ場合も少なくないが、女性医師には生真面目で完璧主義な人も多いので、どちらも手抜きができず、慢性の疲労状態を抱え込むことになる。
とはいえ、多くの医師が病院に勤務していたり同級生も医師だったりするのだから、うつ病になったらすぐに受診しやすい環境にいることもたしかなはずだ。また、精神科医でなくてもメンタル疾患の基本知識はあるだろうから、「あれ、私ってうつじゃないのかな」と早期に気づくこともできるだろう。
ところが、「医者の不養生」とはよく言ったもので、医師は自己診断、自己治療はするものの、なかなか自分が患者となって診察室のドアをノックしたがらない。中には健康診断さえ受けない人もいる。もちろん医療を信じないわけではないのだが、「自分が診てもらうのは情けない」といったプライドや「忙しい他の医者に迷惑をかけられない」といった配慮などが複雑に絡み合い、“ひとりの患者”になるのを避けようとしがちなのだ。
先に紹介したアメリカの論文でも、自殺に至った医師がその前に、自分で睡眠導入剤や抗不安薬を処方し、服用していた可能性があることを指摘している。彼らもまた「自分は健康な状態ではない」とわかっていたのに受診はせずに、勝手に自分で薬を処方していたのだろう。受診はしていなかったのに、体内から睡眠薬が検出されるケースが多かったのだ。いわゆる「自家処方」は禁じられているが、こういった医師たちは何らかの手段で自分への投薬を行っていたのだろう。
しかし、胃腸の不調や捻挫などとは違って、とくにメンタル疾患の場合は、いくらその分野の知識や経験があったとしても、自己診断、自己治療はむずかしい。ほかの科と違って血液検査の結果や画像などがあるわけではないので、客観的な診断、治療がきわめてしにくいのだ。
医療崩壊が懸念されるいま、医師は社会にとって必要な人材でもある。自分、家族、そして社会のためにも、医師も定期的に身体的、精神的健康診断を受け、必要ならばきちんと治療を受けるシステムが整えられることが望まれる。