しかし、ふたを開けてみれば投票率は52.61%と過去3番目の低さであった。前回2010年の参院選と比べても、5.31ポイント下回っている。
では、いったいネット上で盛り上がっていたのは誰なのか。おそらく彼らは、はじめから「社会や政治について考えたり、ネットで語ったりするのが好きな人」だったのではないか。自分自身のツイッターのタイムラインを眺めてみても、結局は日ごろから社会問題について書き込むことが多かった人が、候補者のつぶやきをリツイートしていただけのように思う。「え、ふだんはグルメに夢中なこの人もネット選挙に反応している!」といった意外な書き込みはそれほど目にしなかった。
つまり、ネット選挙は結局、「政治好きな人をますます政治にのめり込ませ、そうでない人には何の訴求力も持たなかった」と言えるのではないか。その結果、「政治に熱い人」と「無関心な人」の格差はますます広がることになったのだ。
「近年は誰もが選挙や政治には無関心なのだ」という声もあるが、2000年代に入ってからも高い投票率を記録した選挙もある。05年、当時の小泉純一郎総理が「郵政解散」を断行して衆議院総選挙に突入した際には、投票率は67.51%にまで跳ね上がった。このときは郵政民営化に反対する候補者がいる選挙区に「刺客候補」が送り込まれるなどして、テレビや週刊誌も「小泉劇場」と名づけて連日、大きく取り上げた。また、09年は政権交代への期待も高まり、投票率は69.28%を記録している。
ネット選挙実現に向けて尽力した人たちは、「テレビや新聞が少し報じるだけで投票率が跳ね上がるのだから、いまや多くの人たちが日常的に接触するネットで候補者自身がメッセージを発するようになれば、どれほど影響が与えられることか」と考えたと思う。しかし、つけておくだけでさまざまな種類の雑多な情報と接触することになるテレビとは違い、ネットはそれぞれの目的に応じて好みの情報を好みの人と交わし合うというように、利用者がかなり主体的な使い方をするメディアだ。「政治はちょっと」と思えば、そのチャンネルを完全に閉じて、友だちとのコミュニケーションや必要な情報とのみ接触することも簡単だ。その結果、先に述べたような「興味がある人はますますハマり、それ以外は相変わらず無関心」と政治や選挙に対する関心の格差だけが広がってしまったわけだ。
05年の総選挙の際は、自民党が大勝した後に、世論調査などで「自民党に勝たせすぎた」という声も目についた。ところが今回は新聞などでも、自民党の一党支配体制を「ねじれの解消」「長期安定政権の誕生」と肯定する記事が多い。もしかすると「少しは対抗勢力もあったほうがバランスが取れてよい」と感じる余裕さえ、いまの日本にはないのかもしれない。一党支配に少々のリスクや弊害はあっても、とにかく手っ取り早く何とかしてくれそうな党や政治家にまかせたい、という切迫感が「ネットの外」をおおい尽くしているのだろう。
もちろん始まったばかりのネット選挙は、これから成熟し、正しい形で広がりを持っていくに違いない。ただ、そのためには「ネットで政治と接触したくない人」や「ネットの外」の状況も十分に知っておかなければならないことは確かなようだ。