この会長の退任で、韓国や中国、在日の人々に対し罵りの言葉を叫んだりプラカードで掲げたりしながら公道を練り歩くヘイトスピーチデモは、ようやく下火になると考えられるだろうか。いや、事態はそれほど楽観視できる状況ではない。
この夏、札幌市の市議会議員が「アイヌ民族なんて、いまはもういない」とツイッターに書き込んだことに端を発し、「アイヌ利権」なる独断に満ちた問題が突然、クローズアップされた。これは「就学援助などアイヌへの支援を狙ってアイヌに成りすます者がいる」など、完全な事実誤認あるいは過去に指摘されたいくつかの不正があたかも恒常的に行われているかのような偏見に基づいた、アイヌへのまったく不当な批判、攻撃と言ってもよい。アイヌ問題の研究者やアイヌ当事者らがひとつひとつ間違った情報を正す情報をブログやツイッターで発信しても、「アイヌやアイヌに成りすました人たちが巨大な利権をほしいままにしている」という誤解というより悪意で作り上げられた妄言は広がる一方であった。
そしてついに、11月のヘイトスピーチデモでは、この「アイヌ問題」もデモの趣旨に組み入れられたのだ。主催者は「アイヌ民族への攻撃ではなく、あくまでアイヌでもないのにその利権に食い込む人を批判するのが目的」などと主張していたが、これは単なる方便にすぎない。実際に私の知るアイヌも、「その人がアイヌだということはどうやって証明できるのか。自己申告だけではなく生物学的証拠が必要だ」といった主張を目にして、自分も疑われているのか、と傷ついていた。
さらに、この「アイヌ利権」なるそれじたいほとんどが妄想といえる問題を、先の市議会議員だけではなく、北海道議会議員までが議会で取り上げた。11月11日の道議会の委員会で「自民党・道民会議」の小野寺秀議員が、「アイヌが先住民族かどうかには非常に疑念がある。グレーのまま政策が進んでいることに危機感を持っている」と発言したのである。
アイヌに関しては、2007年の国連「先住民族の権利宣言」を受け、国会が08年に先住民族とする決議を採択している。この国連宣言や国会決議は単なる感情論によってではなく、学問的裏づけなどに基づいて行われたものなのである。先の発言をした道議会議員は、「北海道がアイヌだけの島だったことは誰も証明できない」「我々の祖先は無謀なことをアイヌの人にやってきてはいない」と言い、この発言を取り上げた新聞に対し、「先住民族だというなら証拠を出すべき」などと要求している。
つまり、ヘイトスピーチデモとは表現の方法こそ違うものの、その主張はほとんど同じだということだ。そして、いくら学問的な知見や歴史的事実、現在のデータなどを持ち出してその誤りを正そうとしても、まったく聞く耳を持たないのも同じだ。
私は北海道出身なので、アイヌがその独自の文化などで敬意の対象である一方で、実際にはいまだに差別や偏見の対象となる場合があることも知っている。また、かつて北海道で自由に生きてきたアイヌが、和人による強制的な同化政策により苦渋の選択を迫られたことも、“ごく最近”の話として社会科の授業などで聞いてきた。
ののしりや排除の対象がついに同じ日本人として暮らす民族にまで向かいつつあるのだとしたら、冒頭で述べた「在特会」の会長退任が決して明るいニュースとは言えないことは明らかだろう。無神経さ、残忍さがこの社会の中でじわじわ進行しつつある、とは思いたくないが、そうとしか言えない現実が目の前にあるのだ。