たとえば、アベノミクスの成果にしてもそうだ。たしかに日経平均株価はどんどん上昇しており、極端な円高も是正された。長らく続いたデフレも解消されつつあるようだ。
しかし、12月8日づけの毎日新聞(デジタル版)にはこうある。「内閣府が8日発表した7~9月期のGDP改定値は、速報値段階からマイナス幅が拡大し、年率で1.9%減となった。直前の市場予想は小幅改善を見込んでいただけに『想定外』の下方修正と言える。今春の増税後、個人消費の低迷に加え、企業の設備投資も低調で、景気の冷え込みを再確認する内容となった」。労働者の毎月の賃金の引き上げ率は2%を超えたものの、消費税の上乗せ分が家計に重くのしかかっている形だ。
また、先の衆院選で安倍晋三総理は「2年間で100万人の雇用を作った」と強調した。しかし、国内の正社員数は2年前より22万人減、非正規社員は123万人増というデータがあり、「増加したのは非正規雇用の労働者」という声もある。いったい雇用は改善したのか、していないのか、いやそれ以前にアベノミクスは成功したと言えるのか、そうでないのか、基本的なところがよくわからないのだ。
原発問題にしてもそうだ。再稼働推進派は相変わらず「原発がなければ電力が足りない。このままではさらに電力料金を値上げするしかない」と言う。しかし、原発否定派は「いま日本の原発は一基も動いていないのに電力は不足していない」と反論する。実際に発表された東京電力の14年度上期業績で、経常利益は2428億円と前年同期比71.4%もの増であった。社長は「修繕工事の先送りなどで一時的に利益が出ただけで黒字基調の定着にはほど遠い」と述べたが、これで「料金再値上げが必要」と言われても、国民はなかなか納得できない。
政治の世界の話だけではない。14年はSTAP細胞、作曲家ゴーストライターなど世間をあっと驚かせる問題が次々起きた。夏には長崎県佐世保市で女子高校生が同級生を殺害するという事件も起きた。こういった問題、事件があるたびに「もっとも悪いのは誰か」とか「メディアの影響はどうか」といった議論が必ずわき起こるが、結局のところ時間とともに忘れ去られるだけではっきりした答えは出ない。
加えて14年は集団的自衛権の行使容認が閣議決定され、15年からいよいよ具体的な法整備が行われていくことだろう。総理は閣議決定の後の記者会見で、「平和国家としての日本の歩みはこれからも決して変わることはありません。むしろ、その歩みをさらに力強いものとする」とまさに力強く語った。それを見て「そうか、日本は平和国家の看板を下ろすわけじゃないんだな」と安堵する一方で、「だとしたらなぜわざわざこんな決定を?」という疑問が頭をもたげる。これもやはり、「わかりにくい」のだ。
しかし、いま大切なのはこの「わかりにくさ」にあえて白黒つけることなく、「いったいどっちなんだろう…」と悩み続けることではないか、と思う。ネットにあふれる匿名の誰かの発言には、「安倍総理、断固支持! 集団的自衛権が美しい国・日本を守ります」あるいは「安倍総理は日本を戦争の道へ導こうとしている」といった「白か黒か」の答えがはっきりと示されている。「わかりにくさ」に耐えられなくなると、ついそのどちらかを選び取り、ほかの意見には耳をふさぎたくなるのだが、いま必要なのは「私はとりあえずこう思う。でも、違うかもしれない」といつでも異論に耳を傾け、疑問を持ち続けて必要ならば持論を修正する態度なのではないか。
その姿勢は、私たち国民ばかりではなく、国のリーダーたちにも必要であることはあえて言うまでもないだろう。