政府は、インターネットを通じて国民からも広く意見を募集する方針なのだという。また、遠藤利明五輪担当相が個別にアスリートにヒアリングを行うほか、専門家や識者らの意見も参考にするそうだ。
「今さら?」という気がする。作家の森まゆみさんらが作る「神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会」は、「自然や景観を守ろう」と訴え早くから競技場の全面建て直し計画に反対し、署名活動やシンポジウムを行っていた。現在までで8万7000筆を超える賛同署名が集まっている。
木を切り、公園をつぶし、歴史ある都営住宅に住む人々を移転させ、周囲の高さ制限を大幅に超える“特例”を設け、風致地区である神宮外苑の景観を一変させる新競技場を建てることは、国際オリンピック委員会のアジェンダ(行動計画)にも違反する、というのだ。その「オリンピックムーブメンツ アジェンダ21」(1999年採択)には、「既存施設を修理しても使用できない場合に限り、新しくスポーツ施設を建造することができる」「競技施設は、土地利用計画に従って、自然か人工かを問わず、地域状況に調和して溶け込むように建築、改装されるべきである」と明記されている。
森さんらは、旧競技場が取り壊される前から「巨額の建設費をかけずに質素で使いやすい競技場を」として既存の施設を改修して使うプランを策定していた。しかし、その訴えも空しく旧競技場は解体。その上、資材高騰などにより建設費や維持費はどんどんアップ、建築にも困難が伴うことが明らかになり、今になって白紙撤回となったわけだ。近隣の都営住宅からはすでに三分の二の住民が引っ越しを終えたそうだが、その取り壊しも保留に。航空写真で見ると、競技場が取り壊された跡は、赤土がむき出しになった巨大な空間となったままで、無惨そのもの。建築家への違約金、これまでの諸費用などがすでに数十億単位だともいわれる。
それにしても、これから市民の声を集めたり専門家にヒアリングしたり、というのはまさに一からの再出発。世界の建築家から新しいプランを募集し、聴取した意見を参考にそこから新たな候補を選び…とやっているうちに、あっという間に1年、2年という月日がすぎそうな気もする。
ところが、さらに驚くことに、政府は「9月までには総工費や競技場の仕様を早急に詰めて新計画を取りまとめたい」とも言っているのだ。これはどういうことなのだろう。すでに世界から応募が殺到していて、候補が絞られていて、あとはヒアリングの結果をまとめて最終決定するだけ、ということなのか。だとしたら、いったいいつ再募集がかけられたのか。まったくわからないことだらけだ。
さらにわからないのは、これまでずっと「費用をかけない競技場を」と訴え、議論の蓄積や代替案の提示もしてきた先の森さんらの会があるのに、なぜ今さら新たに市民の声を集めようとしているのか、ということ。いささか野次馬的な言い方になってしまうが、「意地でも反対活動をしてきた会の意見など参考にしたくない」と思っているのか、とつい勘ぐりたくなってしまう。
ここまで「いくらお金がかかってもいいからゴージャスな競技場で日本の威信を世界に示せ」という時代遅れの考えのもとプランが進められてきたことじたいに驚きを禁じ得ないが、せっかく白紙撤回したのだから、ぜひ先の国際オリンピック委員会のアジェンダに少しでも近く、多くの国民が納得するようなものにしてほしい。