日本では1947(昭和22)年まで刑法に「姦通罪」があり、婚外の不貞行為は刑罰に問われていた。ただし、これは男女でとても非対称的な法律で、夫が告訴した場合に限り、「夫のある女子が姦通したときは2年以下の懲役に処す。その女子と相姦した者も同じ刑に処する」という形で成立した。「姦通罪があった」と聞くと「昔の政治家などで正妻以外にいわゆる愛人がいた人も多かったのでは」と思う人もいるだろうが、この姦通罪は「夫が不貞を働いている」と妻が訴えても、夫には適用されない仕組みになっていたのだ。
現在、不倫は男女に限らず刑法で裁かれることはなく、罪に問われることはない。ただ、民法第752条は「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない」と夫婦の同居、協力などを努力義務としている。また裁判での法解釈では、民法における夫婦間の基本的な義務には貞操義務も含まれると考えられている。現在の民法は昔の姦通罪のように「妻とその不貞相手にしか適用されない」というものではないので、夫が不倫をした場合、妻は夫やその相手の女性が「共同不法行為」をしたとして損害賠償(慰謝料)を請求することができる。また、民法770条は「配偶者に不貞な行為があったとき」を法定離婚原因としているため、離婚と慰謝料を求めることもできる。
しかし、離婚や慰謝料以上に大きな問題がある。それはかかわった人たちがそれぞれ心の傷を受ける、ということだ。
一般的には、妻ある夫がシングル女性と不倫をした場合、いちばん傷つくのは妻なのは間違いない。上記のように、法的にもいまは妻が守られる形になってはいるのだが、診察室にいると別のことも気になる。それは、妻ある男性と恋愛をしたシングル女性も、それなりに心の傷を受けているということだ。
こう言うと、「家庭があると知りながら恋愛をする方が悪い」「妻ある男性を略奪しようとしたのだから傷つくのは当然の報いだ」と一斉にブーイングを浴びるだろう。しかし、ちょっとだけ聞いてほしい。不倫をする女性には、いろいろなパターンがある。ただ、実際の相談者の中には、小説に出てくるような「他人のものを盗りたくなる」という女性はそれほど多くなく、「家庭を持っている男性に父親的な頼もしさを感じてひかれた」というケースが目につく。自分自身が不幸な家庭環境で育ち、父親の愛情を受けていない人も少なくない。
そんな女性が、年齢的にも社会経験的にも上の男性に出会い、その人との関係ではじめて「娘として受け入れられた」という安心感を得る。しかし、もちろん自分がしている恋愛が許されないものであることを知っていて、相手の家族に罪悪感も抱いている。そんな葛藤の末、不倫が発覚するにせよしないにせよ、結局、別れることになると、その女性は「やはり自分を守ってくれる男性なんていないんだ」と傷つくことになるのだ。
診察室でそっと「家庭のある男性と長年おつき合いしていたのですが、最近、別れたのです」と話してくれる女性は、一様にひかえめで折り目正しい印象だった。不眠や抑うつなどの症状を解決する方法を伝えながら、「もっと自分に自信を持って。あなたならやさしいシングルの男性とちゃんと恋愛や結婚ができるはずですよ」と声をかけたくなったことが何度もあった。
「不倫する女性の胸のうちなんて聞きたくもない」という声もあるだろうが、あえてその複雑な心理を解説してみた。いちばん罪深いのは、家庭があるのに「若い女性とも楽しくつき合いたい」と、こういった自信のない女性に近づき、妻に発覚したときには「ただの遊びだよ」と言って簡単に女性を切り捨てる男性たちだろう。「ただの遊び」などと言われた女性はどう思うか、せめて考えてほしいと思う。