冬なので当然ともいえるが、カゼが流行っている。とくにインフルエンザが猛威を振るっていると、繰り返しニュースなどが伝えている。罹患(りかん)者の半数近くは14歳以下の子どもで、学級閉鎖なども相次いでいるようだ。
さて、インフルエンザを疑って内科などを受診すると、ハナの奥に綿棒をさし込まれて迅速検査が行われる。これはすぐに結果が出る反面、やや精度が低いのが弱点なのだが、陰性と診断されれば「ふつうのカゼでしょう」ということになって、いわゆるカゼ薬が出される。
これがいま、大きな問題になっているのだ。
一般的には、「カゼ薬=抗生物質(抗菌薬)」と思っている人がまだまだ多い。医者側も長いあいだ、「肺炎などになったら困るので、抗生物質を出しておきましょう」と、この細菌の増殖を抑制する薬を処方してきた。
しかし、いまの医学の常識では、インフルエンザもふつうのカゼも、細菌ではなくウイルスによって起きるので、抗生物質はまったく効かない。インフルエンザには治療薬があるが、カゼのウイルスは自分の免疫の力でしか退治できないのだ。カゼが悪化して体力がなくなり、細菌感染が起きればたしかに肺炎などにはなるが、それはたいへんに低い確率だし、あらかじめ抗生物質を服用したからといって予防できるとは限らない。それよりはよく食べよく寝て、カゼを治して体力を維持するほうがよほど効果的だ。
そして、何より問題なのは、抗生物質を使いすぎると細菌が自らを作り変え、既存の薬が効きにくい薬剤耐性菌としてパワーアップしてしまうことだ。この薬剤耐性菌がはびこり、それに感染して肺炎などになったら、今度はいくら既存の抗生物質で治療しても効かず、場合によっては命を落とすことにもなりかねない。不要な抗生物質の濫用は、まさに百害あって一利なしなのだ。
それでもとくに日本の医療の世界では、長く患者さんも医者も「カゼには抗生物質」というある種の文化を共有してきた。このたび、それを少しでも断ち切ろうということで、2018年4月から「小児抗菌薬適正使用支援加算」という制度が導入されることになった。これは、わかりやすく言うと、カゼや急性下痢症の子どもが小児科外来診療科(3歳未満が対象)などを受診した場合、抗生物質が不要な症状だと判断されれば、医者から保護者などに対し、その理由の説明や、正しい療養の指導をきちんと行うことで、診療報酬点数に一定のポイントが加算される、というものだ。
「不要な薬を出さないというだけで診療報酬が上乗せされるのか」「この制度に、抗生物質の処方を減らす効果があるとは考えられない」など反発や批判の声もあるが、逆に言えばそうでもしなければ「カゼには抗生物質」の流れを食い止められない、ということなのだろうか。
私自身は幼い子どもを診る機会はあまりないが、うつ病で通院中のおとなの患者さんから、カゼ薬を処方してほしい、と言われることはよくある。その際には、抗生物質を出さないのはもちろんだが、一般的なカゼ薬もできるだけ少なめに処方することにしている。「カゼ薬と言ったって要は対症療法ですよ。ある意味、ムリに熱を下げ、ハナミズを止めているだけ。カゼ薬でおなかをこわすこともあるし、あなたはほかにも薬を飲んでいるのですから、そのつらそうな咳を止める薬だけにしておきましょう」などと説明すると、たいていの患者さんは納得してくれる。
しかし、「抗生物質、解熱剤、咳やハナの薬、全部を出してください」と言い張る人もいる。それは、「どうしても仕事を休めない」という人たちだ。「対症療法でも、効くかわからない予防でも、なんでもいいので、とにかくカゼを抑え込みたい」と真剣に訴える人たちの話を聴いていると、「ああ、この“カゼでも休めない”というのがいちばん問題なのだな」とつくづく思い知らされる。
「カゼは万病の元」と言われるが、「ゆっくり休みなさい」というからだのサインでもある。医者が正しい指導をしなければならないのは当然だが、カゼにかかった人たちもなるべくなら「よく食べてよく寝る」という養生の姿勢で乗り切ってほしいと思う。