(→第1回「移民危機の最前線『メキシコ南の国境』」はこちらへ)
中米から米国へ向かう移民の波は、今年(2018 年)、10月半ばに「移民キャラバン」が出現する以前から、しだいに大きくなっていた。極度な貧困とギャング団「マラス」の暴力から逃れようと旅するホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラの人々を前に、メキシコ政府は米国の圧力に屈し、彼らを「南の国境」で食い止めようと必死だった。移民の安全と人権を守るために奔走する国連やNGO。その支援を受ける移民の中には、大勢の女性や少女たちがいた——。
少女を襲う多重暴力
首都メキシコシティで今年9月、長年ストリートチルドレンを支援しているNGOの事務所を訪ねた際、20年来の友人であるプログラム運営責任者の男性(54)が、突然こう切り出した。
「新たに、中米からの移民少女のための施設も開きたいと考えているんだ」
彼はいつも、重大な問題に気付くと、すぐに何とかしようとするタイプの人間だ。数年前には、路上生活をするシングルマザーの母子を受け入れる施設を開設した。今度は「移民少女」か。聞けば、最近、メキシコシティの北を走る鉄道沿いの町で働く彼の知人が、「移民の少女を大勢見掛ける」と話しているという。
この問題が気になった私とフォトジャーナリストの篠田有史は、10月、南の国境で活動する人権団体「フライ・マティーアス・デ・コルドバ」の広報担当のリタ(42)に、詳しい話を聞いた。開口一番、彼女は、「移民の中で、少女や若い女性の割合が増えたのは事実です」と言った。
「彼女たちを受け入れている施設では、この変化について、こう話しています。以前は、家族が雇った不法入国の手配人とともに米国へ旅する途中に、数日間だけ滞在する女性や少女が主だったのが、最近は単独でやって来て、メキシコの入国管理局に拘束されるまえに難民申請をし、施設で手続きの完了を待つ少女が増えている、と」
難民申請をするのは、申請書が正式に受理された段階で渡される書類があれば、結論が出るまでは保護され、合法的に滞在できるからだ。
米国で子ども移民を支援するNGO「KIND(KIDS IN NEED OF DEFENSE)」と「フライ・マティーアス・デ・コルドバ」が17年6月に出した報告書によれば、メキシコから祖国へ強制送還された中米の子ども移民に占める少女の割合は、12年の17%から16年には25%に増加した。米国国境で保護された子ども移民では、23%から33%前後に。危険を覚悟で旅に出るほど、少女たちは追い詰められているということだろう。
「少女たちが移民となるのは、家庭内、あるいは地域で受ける性暴力が深刻化しているうえ、被害少女に対する心身のケアや支援がないために、彼女たちが居場所を奪われるからです」
リタによれば、それはまさにジェンダーを理由に生まれる、複数の暴力の積み重ねだ。メキシコを含む、男性優位主義(マチスモ)が根強い「途上国」の貧困層においては、少女たちが、幼い頃から家庭で、実父や義父、おじ、兄など、同居男性の誰かに体を触られたり、セックスを強要されたりすることがある。自宅のある場所がマラスの支配地域であれば、家の外でも、マラスメンバーによって同じような目に遭わされるか、遭わせると脅される。マラスは通学・通勤路や学校、職場、どこにでも入り込んでいるため、逃げ場がない。家事手伝いに出された先での被害もある。そんな家庭や地域を離れるために、恋人の元へ走る者もいるが、そこでまた暴力を受けることも多い。「KIND」が保護した移民少女のうち、64%は性暴力の被害者だという。
たとえ「強要された」にしても、一度「不道徳な性的関係」を持った少女は、疎まれ、守られることがない。相談相手も公的支援もないなか、自分自身を責める羽目になり、沈黙を強いられる。
そうやって積み重ねられる暴力と周囲の冷淡な目から逃れる道は、「移民」しかないのだ。移民となってからも、問題が待ち受けている。旅で出会う見知らぬ男たち、人権を守るべき立場にある警察官や国家移民庁(入国管理局)の役人、入国管理局の勾留センターにいる大人から、暴力を受けることもある。心から安らげる場を見つけるのは、至難の業だ。
21世紀の奴隷
メキシコで難民申請を行い、苦難の末に、幸運をつかみつつある少女もいる。