カルロスと出会ったのは、1997年のことだ。路上の子どもたちを支えてきた現地NGOのスタッフが口を揃えて、「まあ本当に大勢の子どもたちが、路上生活をしていた」と振り返る時代、カルロスはメキシコシティ中心にある大きな公園のすぐそば、地下鉄駅の上にある広場に集まり、テントを張って暮らす子どもたちの中にいた。見るからに幼く、華奢(きゃしゃ)で、少女のような声と寂しげな瞳が印象的だった。

路上の仲間とゲーム機で遊ぶカルロス(中央)。1997年末 撮影:篠田有史
ゲームとドラゴンボール
父親の暴力から逃れて2年前に路上へ来たと話した8歳の少年は、路上生活のベテランよろしく、地下鉄駅の改札につながる階段の地上入口付近に立っては、哀れみを誘う表情を浮かべて通行人の前に手を差し出すことで、日銭を稼いでいた。いくらかのお金を手にすると、まずアクティーボ(金属パイプの洗浄液 詳しくは第2回参照)を買うのだが、それだけではなかった。屋台で自分が好きな「チョリソソーセージと玉子焼きのトルタ(大きなコッペパンのようなパンに具を挟んだサンドウィッチ)」を食べたり、同世代の仲間とちょっと時代遅れなゲーム機が並ぶ店に遊びに行ったり、家電店のショーウィンドーのテレビ画面に映るアニメを観たりして、子どもらしい時間を過ごすこともあった。アニメの中でも、特にお気に入りなのは、「ドラゴンボールZ」。鳥山明原作の世界中で大人気となったアニメだ。バトルあり、冒険あり、友情ありで、メキシコ少年たちはもう夢中。鳥山明は、当時、メキシコで最も有名な日本人と言われたほどだった。
「今夜はホテルに泊まるんだ」
ある時、カルロスと仲間がそう話すのを聞いて、私たちはどんなところに行くのか知りたくて、ついて行くことにした。行った先は、彼らが暮らしている場所からほんの数ブロック歩いた所、貧困層が住む集合住宅の多い地域の一角にある安っぽい小さなホテルだった。

仲間と、稼いだお金を数えるカルロス(左端)。ホテル代に足りるだろうか。1997年末 撮影:篠田有史
カルロスたちは、そのオーナーと顔見知りらしく、まずは大人の目の高さにある料金窓口の前でつま先立ちになると、そこに日本円でおよそ700円相当のお金を置きながら、「今日は2人分で」と告げた。すると、部屋の鍵が出てきた。それを持って、ウキウキ気分で部屋へ向かう。
ホテルの部屋は、簡易ベッドとトイレとシャワー、ベッドの反対側の壁に設置された小さなテレビがあるだけの、ごく簡素なものだった。それでも子どもたちにとっては、ちょっとした贅沢。そこで久しぶりに、広場の噴水の冷たい水とは違って温かいシャワーを浴びることと、ベッドに寝そべってテレビで「ドラゴンボールZ」を観るのが、何よりの楽しみだった。
さっそくつけたテレビの画面には、放送時間を知っていたのか、すぐに「ドラゴンボールZ」が映し出され、カルロスと仲間の少年は大はしゃぎでキャラクターの動きとストーリーを追った。その姿は、どこにでもいるアニメ好きの子どものそれだ。そこには、あの物乞いをしている時の憂いに満ちた顔も、アクティーボを吸っている時の虚ろなまなざしもなかった。
傷ついた心、支え合う仲間
その後も、カルロスたちは、実入りがいい時にはよく「ドラゴンボールZ」をゆっくり楽しむために、ホテルに通った。だが、それはほんのひとときの安らぎで、現実は少年たちにとって厳しいものだった。寄り添い、守ってくれる大人がいない彼らは、どんなにうまく自力で生き抜こうとしていても、少しずつ傷つけられていった。そんな彼らの気持ちを象徴するかのような場面に出合ったことがある。

陽が上り、暖かくなってきた公園のベンチで、カルロスが寝ていた。1998年初め 撮影:篠田有史