だから、国中どこへ行っても、道端で物を売っては日銭を稼ぎ、路上で寝起きする母子やストリートチルドレンを見かけるんです」
自分の状況が決して特殊なわけでなく、これはホンジュラスという国のあり方の問題だと、彼女は理解していた。だが、路上で生き延びる日々を送っていた少女時代は、そんなことに思い至る余裕もなかった。とにかく子どもたちが毎日、ご飯を食べ、通学し、ギャングにならずに成長していくことだけを考えていた。そして何より、自分を包み込み守ってくれる本当の愛を求めていた。
神の言葉とギャングの愛
その愛は、またしてもギャングの世界で見つけることになる。
「私よりも、息子たちが先に彼を好きになったんですよ」
スカーレットは、そう目を細めた。次男の父親と別れた約1年後に出会った、今の夫の話を始めた時のことだ。従姉が服役中の夫に会いに行く際に付き添ったことが、新たな運命の始まりだった。
「従姉の夫はMS-13のメンバーで、タマラ(2016年11月以前のホンジュラスで最大の刑務所マルコ・アウレリオ・ソトの通称。アンジェロもここにいた)に収監されていました。そこではマラスが刑務所内をコントロールしており、誰でも面会に行けましたし、何でも持ち込み可能でした。だから気軽について行ったんです」
従姉の夫は、彼女に仲間を一人紹介する。のちに夫となるサウル(36)だ。初めは友人として、時に子連れで面会に行っていたが、やがて二人の間に愛情が芽生える。
「子どもたちは、サウルを『お父さん』と呼ぶようになりました。タトゥーだらけの外見は恐ろしい印象しか与えませんが、本当は愛情深く、まっすぐな心の持ち主だからです。私も、本気で愛するようになりました」
彼女が愛し始めた男・サウルは、マラスが最も勢力を持つホンジュラス第二の都市、サン・ペドロ・スーラのスラムを支配するMS-13の地域リーダーだった。10歳でMS-13に入り、生真面目なキリスト教徒である両親が何度も抜けるように頼んだにもかかわらず、ギャングとして犯罪に関わり続けた。そして18歳で逮捕され、殺人罪で刑務所に入る。懲役19年の刑だ。
スカーレットは、そんな彼と2019年の春、ラ・トルバ刑務所内で結婚式を挙げた。
「何年もかけて考えた末に出した結論でした」
彼が16年から収監されているラ・トルバでは、妻子や親など家族でないと面会は許されないからだ。
「ということは、私がラ・トルバで会った人たちの中にサウルもいたわけね」
私は、その朝会ったギャングたちの顔を思い出していた。サウルという名に聞き覚えもある。
「この人です」
スカーレットが、アンジェロのスマートフォンに保存されている写真を見せてくれる。アンジェロの隣に立つ、頭から額にかけてタトゥーをした男。確かに刑務所内で握手を交わした。
「この男性と結婚したんですか」
私は少し驚きながら言った。ラ・トルバで話した感じではいい人のようだったが、わざわざ刑務所で式を挙げてまで夫婦になったというのは、相当な決意だ。
「ええ。私は、サウルと知り合ってまもなく、ダイヤー牧師のおかげで、心が落ち着きました。サウルも最初は『神を信じるのは、弱い人間だけだ』と言っていましたが、刑務所で教えを受けるようになってから、だんだん変わってきたんです。だから決心しました」
それでもサウルは、まだマラスから抜けてはいないという。「信仰心がまだ十分深くないから」と、スカーレットは言った。
「刑務所の中は、マラス一色。簡単じゃないんでしょう」
彼女自身、サウルと付き合い始めた頃は、刑務所に面会に行ってもギャング仲間ばかり紹介され、彼らが友人や恋人を使って麻薬や武器を持ち込むのを何度も見ていた。ただし、そうした「運び屋」の仕事は誰からも頼まれなかった。
「サウルが、『彼女は犯罪に巻き込むな』と命じていたからです。私を本気で守ろうとしてくれた。そういうところに深い愛を感じました」
幼い頃からギャングに囲まれて生きてきたスカーレットにとって、愛する者をギャングの仕事に巻き込まないという彼の姿勢は、真の愛情の証しだった。
その愛に応えるため、愛に飢えて育った少女は、妻として精一杯の努力を続ける。
「毎週末、パンとチーズにバター、肉料理とご飯、豆など、決められた食料を持って面会に行っています。ラ・トルバでは、1日2回しか食事が出ず、それも粗末なものです。服も、半年ごとに白いシャツ1枚、短パン1枚、パンツ3枚、靴下3足しか渡せません。家族が与えなければ、裸で過ごすことになる。この国では、囚人には人権がないんです。すべての権利が否定されている。ひどいものです」
夫が飢えずに暮らせるよう、彼女は毎日、市場で働いている。バッグや服、サングラスなどを個人商店に卸す仕事だ。1日の稼ぎはせいぜい100レンピーラ(約400円)。それで次男と自分の生活費と、夫への差し入れを用意する費用を賄う。
長男は一緒に暮らしていないのかと尋ねると、
「ギャングにならないよう、伯母と米国へ行かせました。サウルが説得したんです」
面会の際、地域のMS-13に入りたいと話す少年(当時17歳)に、サウルが涙を浮かべながらこう説いたという。
「俺はここに来たくて来たんじゃない。後悔しているんだ。お前には、そうなってほしくない」
その言葉に、少年も泣きながら従うと約束し、米国へと旅立った。
「この国では、政府も警察も誰もあてにならない。神しか頼れるものはありません。もしサウルと出会っていなければ、私も息子とともに米国へ移住していたでしょう」
スカーレットは、最後にそう言った。彼女を祖国ホンジュラスで生かしているのは、神の言葉とギャングの愛だった。