
モニカさんが運営する女子定住ホームの近くの公園で遊ぶ母子。2009年 撮影:篠田有史
パートナー
その後のオルガの人生は、「お母さん」モニカさんら、オルガをよく知るNGOスタッフたちも予想すらしなかった展開をみせることになる。同性のパートナーと暮らし始めたのだ。
「オルガは、今、メキシコシティの北、ここからは少し遠いところにある村に、同性パートナーとその娘と一緒に暮らしています。子ども3人も一緒です」
2015年頃、モニカさんからそう知らされた私たちは、事情もよくわからないまま、とにかくメキシコシティ滞在時に本人と会えるよう、段取りをつけてもらった。オルガは、針金を使った置き物を作る内職をしており、その材料の受け取りとできた品物の納品のために、定期的にメキシコシティまで出てくると聞いたからだ。
その日、メキシコシティ旧市街にあるモニカさんが代表を務めるNGOの事務所で再会したオルガは、特に変わったことはない、とでも言いたげに、サバサバした様子だった。
「そう、パートナー母子と6人で暮らしているわ。パートナーは、何かの仲介ビジネスをやっていて、お金にはさほど困っていないの。子どもたちも助けてもらってる。皆、元気よ」
そんなふうにたわいのない会話を続け、その日はあまり長居はせずに、そそくさと帰って行った。そのよそよそしさに不審の念を抱いた私たちに対し、モニカさんは自分の考えを打ち明ける。
「オルガは、子どもたちの目の前で、パートナーに暴力を振るわれているんです。そのせいで、かつての薬物依存の影響もあって、精神的不安定さが日に日に増しています。オルガだけでなく、子どもたちにとってもよくない状況です」
路上で生き延びた経験があり、どちらかと言えば普段は強気な性格のオルガが、同性からの暴力を容認しているという話に、私たちは愕然とした。しかもその結果として、精神科にかかったという。モニカさんは、
「それでも本人は『問題はない』と言い張って、医師が処方した薬を飲もうとしません。このままでは、子どもたちへの精神的影響も心配です」
と、肩をすくめる。
モニカさんの不安は、的中した。まもなく子どもたちは、NGOの施設へと生活の場を移す。それでもオルガは、同性パートナーとの暮らしを続け、数年後には、メキシコシティ国際空港の近くへと引っ越した。それを知った私と篠田は、さっそく会いに行くことにする。空港までは、街中から地下鉄に乗って30分ほどで行ける。
空港のすぐ北側、高級ホテルの裏手にある古い住宅街の一角に、オルガたちの住まいはあった。コンクリート造りの住宅に借りた一室に、オルガとパートナーとその娘が共同生活をしている。オルガは、訪ねてきた私たちと抱擁を交わすと、パートナーを呼び、
「こちらがパメーラよ」
と、紹介した。それは、オルガよりも年下だが貫禄のある女性だった。彼女は、愛想のない挨拶を済ませると、オルガの背後にあるソファに横たわり、携帯電話をいじり始める。
それを気にするふうでもなく、オルガはマイペースで、「私の“お母さん”と会った?」などと話しかけてくる。その日は、結局、パートナーとは一度もまともな会話をすることなく、オルガと雑談をして、別れた。彼女がオルガに暴力を振るっているのかどうかも、わからずじまいだった。

空港近くのアパートで、オルガは近況を語った。奥のソファにいるのは、彼女のパートナー。2017年 撮影:篠田有史
家族の行方
それからしばらくして、オルガとパートナーはメキシコシティ内で、再び引っ越し。今度は北東部のスラムに部屋を借りる。オルガたちは、衣料品の仕入れ手伝いなどをして生計を立てていた。その頃まだ施設で暮らしていた子どもたちのうち、アナベレンは、学業に身が入らず、高校進学はしたくないと、母親の元に戻って働き始める。
「アナベレンは、職場で問題を起こしてばかりで困る。まったく何を考えてるんだか」
オルガは、仕事を得てはすぐに辞めてしまう娘のことを、愚痴った。アナベレン本人に訳を聞いても、「たまたま続けられなかっただけ」と、ごまかすばかり。ただの反抗期なのか、それとも母親との関係から精神的に不安定なのか。
アナベレンは、別れたとはいえ父親のいるモニカやアランとは異なる、かなり複雑な幼少期を過ごしたせいか、母親とよく対立する。と同時に、母娘は互いを頼りにしてもいる。家でも、アナベレンは誰よりもオルガの手伝いをする。ただ、物事に集中して取り組み続けるということが、苦手のようだ。それが彼女自身にとっても、劣等感となっているようにみえた。
そして、2020年、世界は新型コロナのパンデミックに襲われる。メキシコも例外ではなかったが、ひとつだけ、世界の大半の国と異なる点があった。出入国に一切の制限がかけられなかったのだ。おかげで、私と篠田は、この年の12月、メキシコシティを訪れ、再び違うスラムに引っ越したオルガ一家との再会も叶った。
日曜日。住所を頼りに、アプリで配車したタクシーで40分ほどかけてたどり着いた先は、街外れに新しくできたスラムだった。だだっ広い道路沿いにブロック塀が続く、やや殺風景なところで、番地表示もあまりない。この辺りだろうと思われる角で車を降りて、キョロキョロしていると、