家族の行方
それからしばらくして、オルガとパートナーはメキシコシティ内で、再び引っ越し。今度は北東部のスラムに部屋を借りる。オルガたちは、衣料品の仕入れ手伝いなどをして生計を立てていた。その頃まだ施設で暮らしていた子どもたちのうち、アナベレンは、学業に身が入らず、高校進学はしたくないと、母親の元に戻って働き始める。
「アナベレンは、職場で問題を起こしてばかりで困る。まったく何を考えてるんだか」
オルガは、仕事を得てはすぐに辞めてしまう娘のことを、愚痴った。アナベレン本人に訳を聞いても、「たまたま続けられなかっただけ」と、ごまかすばかり。ただの反抗期なのか、それとも母親との関係から精神的に不安定なのか。
アナベレンは、別れたとはいえ父親のいるモニカやアランとは異なる、かなり複雑な幼少期を過ごしたせいか、母親とよく対立する。と同時に、母娘は互いを頼りにしてもいる。家でも、アナベレンは誰よりもオルガの手伝いをする。ただ、物事に集中して取り組み続けるということが、苦手のようだ。それが彼女自身にとっても、劣等感となっているようにみえた。
そして、2020年、世界は新型コロナのパンデミックに襲われる。メキシコも例外ではなかったが、ひとつだけ、世界の大半の国と異なる点があった。出入国に一切の制限がかけられなかったのだ。おかげで、私と篠田は、この年の12月、メキシコシティを訪れ、再び違うスラムに引っ越したオルガ一家との再会も叶った。
日曜日。住所を頼りに、アプリで配車したタクシーで40分ほどかけてたどり着いた先は、街外れに新しくできたスラムだった。だだっ広い道路沿いにブロック塀が続く、やや殺風景なところで、番地表示もあまりない。この辺りだろうと思われる角で車を降りて、キョロキョロしていると、
「リツコ! ユウジ! こっちよ、こっち」
と、塀の中からオルガが飛び出してきた。アナベレンもいる。2人に案内してもらい、区画の中ほどにある扉を入ると、長い洗濯ロープが張られた敷地の奥に、小屋が建っていた。それがオルガたちが借りている家だった。
パートナーのパメーラは、私たちを見て以前より愛想よく挨拶をすると、自分の部屋へと引っ込んだ。小屋の真ん中にある台所を挟んで、左手がパメーラ家で、右がオルガ家。私たちは、オルガ家の部屋に招き入れられる。パンデミックのせいで、子どもたちも全員、家にいる。
「今日は私の手作りランチを食べて行ってよね。私、料理はうまいんだから」
と、オルガが鍋をかき混ぜながら言う。
「ママの料理上手は、間違いないわ」
と、アナベレンも相槌を打つ。どうやら母子の関係も少しは改善したようだ。

新型コロナのパンデミック初年に訪ねたオルガの家。モニカやアランと雑談しながら、オルガ(左端)は私たちのためにランチを作ってくれた。2020年 撮影:篠田有史
聞けば、アナベレンは今、すぐ近くの縫製工場で働いているという。今回はきちんと仕事を続けられているようだ。歩いていける距離に工場があるから、コロナ禍でも安心して仕事に行けるし助かっている、と、母娘は満足そう。
オルガがランチの準備をしている間、アナベレンは洗濯物を干し、アランはパメーラの娘とゲームに興じ、モニカは私たちが持ってきたみやげを見ている。パメーラとの関係も以前よりも落ち着いているのか、家庭の雰囲気は良くなっているようだ。
その後、私たちに振る舞われたオルガ自慢のひき肉料理は、娘が太鼓判を押す通りの味だった。それを味わいながら、私は「オルガはやはり賢い子だ」と思う。
「カサ・ダヤ」で暮らすようになるまで、まともな日常生活というものを知らなかった少女は、薬物依存をはじめとする数々の問題を抱えながらも、子育てをしながら家事を学び、働く習慣も身につけ、勉学にも取り組んだ。最後のひとつは中断することになってしまったが、社会で生きていくために身につけるべきものを、路上出身者としては「平均点以上」に身につけたと言えよう。そして今も、良き母になろうと、日々、闘い続けている。
帰りのタクシーが到着した際、オルガは、子犬を抱いたアランと仲良く、私たちを見送ってくれた。その姿を眺めながら、私は家族の幸せを願った。

帰宅時、子犬を抱いたアランとオルガが、私たちを見送ってくれた。2020年 撮影:篠田有史