サン・ペドロ・スーラを支配する二大マラスの一つ、「マラ・サルバトゥルーチャ(MS-13)」の女性戦闘員となった少女ジェシカ。別名「コネーハ(うさぎの意)」は、17歳で逮捕される。成人年齢を記した偽造身分証を所持していたために、少年院ではなく、マラスのメンバーとそのリーダー「ホーミー」たちが支配するサン・ペドロ・スーラ刑務所に収容されてしまう。
禁断の殺人
「私はまるで、檻に閉じ込められた野生の獣のようでした」
眉間にしわを寄せ、ジェシカが今にも襲いかかりそうな形相になる。17歳になったばかりのヤンチャで怖いもの知らずな少女にとって、刑務所での生活は、窮屈で退屈なものだった。イライラを紛らわすために、彼女は看守に反抗的な態度を取り、仲間内では威勢よく振る舞った。ギャングとしての地位を築いていったコネーハは、まもなく刑務所の内と外にいるMS-13の女性ギャング全体のボスに上り詰める。
「私には、27人の手下がいました。大半は刑務所の外にいる女性たちです。彼女たちに内から指示を与えていました」
面会時間を利用して、マリファナやコカインなど、好きな麻薬を欲しいだけ外の仲間に注文し、刑務所内へ運ばせては売りさばいた。
「どこどこの店へ行って恐喝しろとか、誰々は邪魔だから消してこいとか、恐ろしい命令も平気で出していました」
そんな時、一つの事件をきっかけに、物事が悪い方向へと転がり始める。
「ある晩、私は自分の靴ひもを洗い、乾かすためにフェンスの金網に引っ掛けておきました。翌朝取りに行くと、そこになかったんです。探していると、マラス仲間のノラが自分の靴に付けているのに気づきました」
ジェシカはノラに、それは自分のものだと主張したが、ノラは「え、私のよ」と言って相手にしなかった。カチンときた彼女は叫ぶ。
「私のなんだから、三つ数える間に外しな!」
それでも外そうとしない相手を見て、堪忍袋の緒が切れた。
「そっちがその気なら、と私はそばに転がっていたコーラの瓶をつかみ、コンクリートの地面に叩きつけました」
割れて尖った部分を相手の前に突き出してみせながら、わざと落ち着き払った口調でこう言った。
「あんた、私の靴ひもを取ったでしょ。2本とも返しな」
そうやって脅してひもを返却させたうえで、ホーミーたちに彼女を裁いてもらうつもりだった。ところが、脅しついでにサッと振り下ろしたコーラ瓶の尖ったガラスの先が、不意に前へ動いたノラの動脈を切り裂いてしまう。
「彼女は血を流して倒れ、周りにいた囚人たちが非常ベルを押しました。警官が駆けつけ、私は彼らに押さえつけられて棒で殴られ、外へ連れ出されました。その頃には、刑務所中に噂が広がっていて、私はノラが死んだことを知りました」
組織とは無関係な理由で仲間を手にかけた。それはマラスの中では裏切りに近い行為とみなされていた。「コネーハとはもう仕事ができない」。そんな声がMS-13内に広がった。このままだと、ジェシカは刑務所内の仲間に殺されてもおかしくない。危機的状況の中、一人の救世主が現れた。
「マラスでは、いつでもあなたのことを大切に思ってくれる仲間が、最低一人はいるものです。私の場合、それはプラカーソという名のホーミーでした」
プラカーソはすぐに刑務所の所長に掛け合い、ジェシカを別の刑務所へ移送するよう頼み込む。
「俺に任せろ、と言ってくれました。たぶん、ほかのホーミーたちが私を殺そうとするとわかっていたからでしょう」
大急ぎで移送車に乗せられたコネーハは、サン・ペドロ・スーラの東、隣接するヨロ県の町にあるエル・プログレーソ刑務所へと送られる。
更生の時
新しい刑務所では、マルティネスという名の軍曹が待ち受けていた。彼は軍人らしく厳しい面持ちで、新入りに名前を尋ねた。娘は背筋を伸ばし、大きな声で答えた。
「MS-13のジェシカです、将軍!」
すると軍曹は、こう言い放った。
「MS-13だと。ここにはマラスの連中はいない。お前もここで、まともになれ」
エル・プログレーソ刑務所には一般の犯罪者が服役しており、ギャングは皆、サン・ペドロ・スーラ刑務所に集められていたからだ。
軍曹の言葉は、これまでとはまったく違う新しい刑務所生活の開始を意味していた。
翌朝からは、まともな刑務所であれば当然の、規則正しい毎日が始まった。だが、ギャングが仕切る刑務所の習慣が染み付いているジェシカは、初日、シャワーを浴びてTシャツと短パンを着ると、タバコに火をつけ、一服しようとしゃがみこんだ。そこへ背後から、「タバコを吸う許可を出した覚えはないぞ」という声が飛んできた。振り返ると、マルティネス軍曹が立っていた。彼はジェシカに、火のついたタバコをそのまま飲み込むよう、命じる。従うしかなかった。
「ここでは自分自身で振る舞いを正すんだ。さもなくば我々が教育することになる」
軍曹の忠告に十分耳を傾けなかった彼女は、まもなく独房に入れられてしまう。
「一度入ると、その狭い部屋から出ることは許されませんでした。毎日ひどい食事を与えられ、歯磨きもシャワーを浴びることもできず、夜は灯りもない闇の中で過ごす羽目になったんです」
不潔で自由のかけらもない生活を送るうち、ジェシカの顔は原因不明の湿疹に覆われ、足はイボだらけになる。
「イキがったり抵抗したりする気持ちも失せました」
そうして1カ月余りが過ぎた頃、マルティネス軍曹が訪ねてきて、ジェシカに語りかけた。
「神の話をしよう」
少女は提案に応じ、もう暴力を振るうような生活はやめると誓い、独房から出られることになった。ようやく陽の光を浴びられる世界へ戻ったのだ。
「独房を出た私を、老女が二人待ち受けていました。彼女たちは、私をシャワー室へ連れていき、丁寧な手つきで垢を落とし始めます。それが終わると白い服を着せてくれて、髪も結ってくれました。