新潟にある本屋「北書店」でライブがあるため、旅へ出た。
調べると前日に弥彦競輪が開催されている。せっかくなので前乗りして、弥彦村へ行くことにした。
新幹線で燕三条へ。そこから競輪場行きの無料送迎バスもあったが、バスまで時間があったので、ローカル線に乗って弥彦駅を目指すことにした。弥彦駅に着くと、ちょうど菊祭りが開催されていた。秋の旅行という雰囲気で、駅前は少し賑やかだった。爽やかな陽気で、ふわっとそちらへ誘われそうになったが、すぐそこに競輪場行きのマイクロバスが鎮座していた。お前はこっちだよ、と言われるように、吸い込まれるようにバスに乗り込んだ。小さなマイクロバスにギターとスーツケースをねじこんで、体を折るようにシートに腰掛けた。バスは3人の乗客を乗せて走り出した。
日本で唯一の村営競輪場。その競輪場は村の中をクネクネと走り、少し山道を登ったところ、林の脇にあった。平日で大きいレースの開催ではないため、客はパラパラとしかいなかった。しかし、これはこれで味わいがある。案内所に行き荷物を預け、身軽になったところで散策。11月に入っていたがまだ厚手の上着はいらなかったように思う。しかし、この10日後くらいには、もう弥彦競輪場はレースができなくなる。日本海側の富山、福井なども同様に、冬季は開催がなくなるのだ。なんとか滑り込みで、間に合った。
激しく興奮することもなく、淡々とレースを眺めた。チーズケーキとコーヒーを買ってきて、ぼーっとバンクを眺めた。自分はギャンブラーという性質を持ち合わせてはいないが、妙にこういう場所が落ち着く。半端者のまま、いさせてくれるからだろうか。今目の前で走ってる選手たちも、惰性でやってる選手もいるかもしれない。もうトップへ行くことは諦めた。あるいはまだ諦めてはいない、これからだ、と息巻く選手も。若手、もう肉体の衰えを隠しきれないベテラン。様々だ。さあ自分はどうだろう。何レースかやって、腹が減ったので食堂へ向かった。
米所新潟。メニューも豊富で値段も優しい。豚汁とすじこのおにぎりを頼んだ。食堂は店員のおばちゃんたちの連携がうまくいっていないようで、渋滞していた。1人できそうな人がテキパキやっていたが、その人が苛立ちを表に出せば出すほど、周りが萎縮して空回りしている。もしかしたらこの人が楽しそうにのんびりやれば、いいグルーヴが生まれるのかもしれない。新聞とモニターのオッズを眺めながら、そんなことを考えていた。まだおにぎりが来ないので、パーッと次のレースの車券を買いに行く。戻ったら大きなおにぎりが運ばれてきた。
後半も淡々と車券を買い、レースを眺め、小さな当たりが出たり、トークショーを聞いたりで時間は流れた。少し曇ってきてパラパラと小雨が降ってきた。肌寒くなってきて、リュックからパーカーを取り出す。ガールズ競輪の決勝戦になり、客席から一際大きな声で声援を送る男性が現れた。淡々と流れていた空気が割れ、その声援は競輪場のスタンドに響いた。自作の応援の旗を掲げ、何度も声を振り絞る。客はまばらだ。その声は確実に選手に届いている。一直線だ。淡々と過ごしていたが、その声に身震いを覚えた。応援すること。声を振り絞って、声を届けること、想いを届けること。その姿が眩しかった。そして見事その選手は優勝した。男性は喜んだ。旗を何度も揺らし、名前を呼んだ。優勝インタビューで、その選手は客席にお辞儀した後、男性の方を向いて両手を振った。いい笑顔だった。これが推し活というものなのだろうか。その男性は輝いていて、少しうらやましく、思えた。