2025年10月から全6回にわたって無料配信される「高等教育費負担軽減オンラインセミナー」(主催:すべての人が学べる社会へ 高等教育費負担軽減プロジェクト)も後半に入りました。その第4回は、認定NPO法人「キッズドア」理事長の渡辺由美子さんに、「貧困の連鎖を断ち切るために」というタイトルでお話をしていただいています。
同法人は07年に創設され、貧困に苦しむ子どもたちの教育支援活動に取り組んでいます。主な活動は無料の学習支援、居場所づくり、体験活動のコーディネート、困窮家庭への支援等。渡辺さんと私は23年9月、労働者福祉中央協議会(中央労福協)主催の「高等教育費の漸進的無償化と負担軽減を考えるシンポジウム」で、じっくりと対話する機会を得ました。この時の渡辺さんのお話は、昨今の日本社会における若者の現状を踏まえた優れた考察で、私もとても参考になりました。その後、私たちが主催する高等教育費負担軽減プロジェクトのメンバーにもなっていただき、活動を共に行っています。
今回のセミナーでも、若者が直面する貧困の現状と教育格差の関係、進学格差と教育費負担の関係など多岐に渡ってお話しいただき、終始説得力のある内容でした。その中でも渡辺さんが最も比重を置いて説明されたのが、「困窮家庭の大学等進学」についてです。
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ここで渡辺さんは、キッズドア基金が運営する「ゴールドマン・サックス 大学受験給付型奨学金」の24年度報告書をとりあげました。この調査報告は、同奨学金を利用した保護者、受給生へのアンケートをまとめたものです。そもそもが「経済的な理由で選択肢が限られてしまう高校生に未来を諦めさせたくない」という主旨の奨学金なので、利用者は経済的に厳しい環境に置かれた新高校3年生・浪人生(一浪のみ)等に限られています。
それによると「経済的理由による進学への影響(複数回答)」についてたずねた質問で、47%の受給生が「受験する学校の数を減らした」と回答。次いで35%が「予備校・塾に通えなかった」、29%が「受験・進学を諦めようと考えたことがある」、26%が「進学費用のためにアルバイト等をした」と回答したそうです。困窮家庭出身の子は高等教育機関への進学を希望しても、受験料負担が重すぎるために、その多くは受験機会が制約されている現実を示しています。とくに受給生の3人に1人が「受験・進学を諦めようと考えたことがある」と答えたことは、今後の日本社会に大きな影響を与えると感じます。
経済的に問題なく「受験・進学を諦めようと考えたことがない」という子に対し、困窮家庭の子は進学への意欲を抱きにくくなったり、受験の準備に力を注ぎにくくなったりなど、進学に関して常にマイナス要因がつきまといます。「進学費用のためにアルバイト等をした」と答えた受給生の中には、十分な勉強時間が確保できず第一志望の学校に進学できなかった人もいることでしょう。
私は学生であることを尊重しないアルバイトを「ブラックバイト」と命名。多くの学生が、過重労働化するブラックバイトと学業との両立困難に陥っている状況を問題視しました。この報告では、高校生や浪人生の中にも受験・進学のためアルバイトに押しつぶされている人がいることを示しています。たとえ学力や意欲は十分でも、学費が出せなければ進学はできないのですから、困窮家庭出身の子はとても厳しい状況に置かれています。
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次に「受験・進学を諦めようと考えた理由(複数回答)」の質問では、87%の受給生が「入学金や学費を用意できるか不安になった」と回答。また55%が「受験料を用意できるか不安になった」、35%が「家計を助けるために就職した方がよいと感じた」と答えたそうです。
日本の高等教育における受験料、入学金、学費の高さが、進学を希望する高校生を不安にさせている状況は明らかです。そうして困窮家庭出身者の中に、「家計を助けるため進学を諦めて就職した方がよいのではないか」と悩む子が少なからずいることが、この調査結果からも分かります。
ここで重要なのは、困窮家庭出身者は大学など高等教育機関への「入学前」から困難な状況に置かれていることです。というのも、今まで高等教育費負担の議論が行われる際に、授業料や生活費など「入学後」に生じる費用負担については多く論じられてきましたが、入学前の状況については十分に論じられてこなかった傾向があります。奨学金などの援助制度も入学してから利用できるものばかりで、入学前に困っている人を助けるものにはなっていません。
さらに彼らの苦悩は入学後も続きます。キッズドアの調査では、新入生に進学後の生活への不安についてもたずねています。そこで「進学後に学費が支払えずに退学してしまうという不安」についての質問に「不安がある」と答えた人は計72%(とても不安+少し不安)、「進学後に学費や生活費のためのアルバイト等で勉強が滞るという不安」については同じく86%に達していました。困窮家庭出身者の多くが進学後の学費の支払い、アルバイトと勉学の両立に不安を感じていることが分かります。
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今回のセミナーで渡辺さんは、こうした厳しい状況を明らかにしたうえで、とてもインパクトのある調査報告も紹介されました。それは困窮家庭出身の受給生が進学後、約1年経過した時点で回答したアンケートの結果です。「大学に進学してよかったと思うか」という質問に、「そう思う」との回答が何と100%(とてもそう思う77%+まあそう思う23%)だったのです。また、大学生活の充実度をたずねた質問でも「充実している」との回答が94%(とても充実している44%+まあ充実している50%)でした。
この結果を社会はどう受け止めるのでしょうか――。
渡辺さんが以前、困窮家庭の子が置かれた厳しい状況を伝えたところ、周囲から「経済的にそんなに困っているなら、(無理してまで)大学へ進学しない方がいいんじゃない?」との意見が出たそうです。一方で、当事者へのアンケートでは「大学に進学してよかった」「大学生活は充実している」という圧倒的多数の回答がある以上、「そこに耳を傾けるべきだ」と強調されました。
ここで、渡辺さんが得た「経済的に困っているなら進学しない方がいい」という意見について考えてみたいと思います。なぜなら私も、この手の声を実際に聞いてきたからです。例えば奨学金制度の改善や高等教育費の負担軽減の必要性を訴える講演等で学生の困窮状況を説いた際に、似たような意見を耳にすることがしばしばありました。
経済的に難しいなら別の道を――という意見は、捉えようによっては無理な進学で授業料や生活費に悩み、在学中も過酷なアルバイトに追われ、卒業後は奨学金返済で苦しむだろう若者たちを案じ、彼らの立場を尊重したうえでの助言のようにも見えます。しかし、それが本当に彼らの気持ちに寄り添ったものと言えるでしょうか?
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