2025年12月18日、以前に本連載「若者に等しく教育の機会を!」でご紹介した「高等教育費負担軽減オンラインセミナー」(主催:すべての人が学べる社会へ 高等教育費負担軽減プロジェクト)の第3回目が配信されました。このセミナーは「家族の『困った』を、社会が『支える』へ」をテーマに、同年10月から計6回にわたり無料配信される予定です。
第3回目は、私と長く活動を共にしてきた岩重佳治弁護士を講師に迎え、「借主と家族を苦しめる貸与奨学金の負担」と題してお話しいただきました。岩重氏は奨学金返済(本稿では制度用語に則って「返還」とします)に苦しむ人々の相談に応じながら、奨学金制度改善の運動に取り組んできた弁護士で、今回も日本学生支援機構(JASSO)の奨学金を取り上げました。
日本学生支援機構の奨学金は利用者数/利用額共に、現在の大学生、短大生、専門学校生の奨学金の大部分を占めています。そこでまず、岩重弁護士がこれまでに担当されたケースの中から、4つの事例を「奨学金の返還に苦しむ人たちの声」として紹介していただきました。
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事例1は、病気のため生活保護を受けながら非正規社員として働いているという人のケースです。この相談者は少ない生活費から月に1000~2000円ずつ約18年間にわたって返してきましたが、延滞金から先に充当されてしまい、元金がまったく減らないということでした。
岩重弁護士は、この事例について「利用者自身が申請すれば生活保護受給中に返還期限の猶予が受けられることを知らないために、こうしたことが起きている」と説明されました。
そこには重大な問題が含まれていると指摘できます。一つは、返還期限の猶予や返還額の減額制度などの情報提供が不十分であるということです。高校・大学などで行われる奨学金説明会においては、「借りた奨学金を返す」ことの説明に比べて、返すことが困難となった場合の制度説明が積極的に行われていないと学生からよく耳にします。
また、奨学金説明会の時点では「返還の困難さのリアリティを感じにくい」という声もあります。卒業後に返還困難となった利用者に対しても、返還期限の猶予や減額制度などの情報を周知させるため、利用しやすい相談窓口を設置することが求められると思います。
もう一つは、少額の返還ではまず延滞金から先に充当され、何年かけて返しても元金が一向に減らないという問題です。現在の制度では、奨学金の返還が滞って延滞金が発生すると、返還金の充当順序が延滞金→利息(第二種奨学金のみ)→元金となっています。そのため元金が減りにくい構造になっているのです。これでは本事例のように事情のある利用者は一生涯、返還に苦しむこととなるので、まず元金を減らすような順序に改めるべきではないでしょうか。
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事例2は、卒業後に父親が担うはずだった奨学金の返還がなされておらず、日本学生支援機構から多額の延滞金を含めた督促状が突然、送られてきたというケースです。この相談者は離婚や不安定雇用も重なって精神疾患を発症したため、過去に遡って返還期限の猶予を申請したところ、必要な所得証明書が揃わず却下され自己破産に追い込まれてしまったというものです。
岩重弁護士はこの事例について「(奨学金は)借主さん本人の意志ということもあるが、親御さんが主導で手続きを進めるというケースがよくあります」と説明されました。が、ここにも重大な問題があります。
日本の高等教育では、昔から「子どもの学費は親が負担するべき」として、高額な教育費は「親負担主義」に支えられてきました。しかし奨学金利用者が学生の約半数まで増加しているということは、教育費の親負担主義が大きく揺らいでいることを示しています。
その一方で、奨学金を利用するか否かを決定するのは学生本人ではなく、その親であることが依然多く、奨学金が入金される銀行口座も親が管理する事例は少なくありません。そのため学生本人は、「奨学金を利用している(借金をしている)」という実感を持ちにくくなってしまうのです。
この事例では、奨学金返還を親が「肩代わりする」といって、それが実行されなかったことで本人が困ったケースですが、奨学金利用が増加した後も「子どもの学費を親が担う/管理する」という意味での親負担主義は根強く続いていると見ることができるでしょう。
岩重弁護士は「過去に遡っての返還期限の猶予」という点で、「返還困難な場合に猶予する制度があるが、延滞があると利用が制限されます。延滞があるとまず、それを解消しないと使えない。しかし返せないから延滞が生じているのですから、延滞分を払って解消するのは難しい。そこで、収入が少なくて返せなかった場合に、過去に遡って猶予を認めてもらう手続きを取ります」と説明されました。
問題なのは、現行制度では過去の所得を証明するのに源泉徴収票の提出ではだめで、役所が発行する公的な所得証明書が必要となることです。しかし、所得証明書は現年度を含めて5年間分までしか発行できないので、本事例のようなことが起きてしまうことになります。
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事例3は、失業により返還期限の猶予を受けてきたけれど、再就職できないまま期限が切れてしまい、「これ以上の猶予はできない」と言われた相談者のケースです。すでに連帯保証人である父親には請求が回っており、同じく保証人になってもらった親族(おじ)にも迷惑がかかりそうなことから「自分が死んで支払いを免れるなら、いっそ死んでしまいたい」と考えるまでに追い詰められているとのことでした。
本事例について岩重弁護士は、「返還に苦しむのはご本人だけではありません。保証人の問題もあります」と話されました。貸与型奨学金の申し込み時に個人の保証人をつける「人的保証」を選んだ場合、借主が返せなくなるとそちらに請求がいきます。このケースのように、保証人に迷惑をかけたくないという一心で、無理をして返還を続けている人は大勢います。岩重弁護士も「こうした相談はたくさんあります」と話されました。家族や親戚までもが巻き込まれ、借りた本人が一層苦しむことになる事例だといえるでしょう。
このように奨学金返還が困難となった場合の救済制度は、極めて不十分と言うしかありません。返還期限の猶予や減額返還、所得連動返還方式などの制度は一応ありますが、返還総額を減らすことはできません。そのため、個人再生(民事再生)や自己破産などの法的整理を選ばなければならない場合が出てきます。
ところが人的保証を選んだ場合、後のち法的整理がしにくくなるという問題もあります。奨学金の申請時に別途、高額な保証料を支払って個人保証人をつけない「機関保証」を選んだ場合は、法的整理で還額を減らすことが可能です。しかし人的保証の場合は、法的整理で減らされた額がそっくり連帯保証人と保証人に請求されることになります。そのため誠実な利用者こそ法的整理に臨むことができず、この相談者のように「自分が死んで支払いを免れるなら、いっそ死んでしまいたい」という言葉が現実味を帯びてくるのです。