しかし、新たに奨学金を利用する学生への支援に比べて、すでに奨学金を利用していた人たちへのフォローアップは不十分であったといわざるを得ません。
返済が遅れた際に発生する延滞金は、賦課率が10%から3%まで引き下げられたものの制度そのものは残っています。返済猶予期限も5年から10年に延長されましたが、10年を過ぎてしまうと、収入状況によらず返済を余儀なくされます。減額返済制度は月毎の返済額が減るだけで、返済総額が減ることはありません。所得連動返還型制度は、無利子奨学金利用者のみに適用され、有利子奨学金利用者は対象となっていません。また、この制度も月毎の返済額が本人の収入に応じて調整されるだけで、返済総額が減ることはありません。これでは返済困難者の救済や負担を軽減する政策としては極めて不十分であり、結果的に多くの若者が苦しんでいる構造は変わっていません。
奨学金返済が若者にとって重い負担となっていること、若者の経済状況の困難が続いており、奨学金返済困難者の救済や返済負担を軽減する政策が不十分であること、これらの要因が重なって「奨学金返済苦」による自殺という悲劇が生み出されてしまったとみることができます。
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こうした悲劇を食い止めるためには何をするべきか? まず優先されなければならないのは、人的保証制度の廃止だと私は思います。日本学生支援機構の奨学金制度は保証制度をとっていて、人的保証と機関保証のどちらかを選ぶことになります。機関保証制度を利用するには保証料がかかるので、人的保証制度をとる人が少なくありません。その場合、親や親戚などが連帯保証人および保証人になるケースが多いのですが、実はこの制度が返済困難に陥った人を苦しめています。
先にもお話ししたように救済制度が極めて不十分であることから、返済に窮した奨学金利用者は、最終的には自己破産等の手続きを取らざるを得ないことが多いのです。しかし、私たちが返済困難者に話を聞くと、連帯保証人や保証人に迷惑をかけるので自己破産に踏み切れないという人が意外と多いことが分かります。督促から逃れることも、法的整理をして再スタートを切ることもできない状況に追い込まれているのです。
親や親族が保証人になり続けていることは、自己破産に至らなくても、奨学金返済に苦しむ若者に十分な負い目を与えます。彼らにうつ病をはじめとする精神疾患を抱えている人が多いのは、実情を「親や家族に知られたくない」と思う余りに無理な返済を続けてしまったり、返済をめぐって家族との関係が悪化したりすることで、少なからず心身を痛めつけてしまうからだと思います。今回の「奨学金返済苦」を理由とする自殺を考える際には、そうした若者の真面目さや責任感の強さについても知る必要があります。そのうえで人的保証制度は、一刻も早く廃止すべきです。
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それと同時に奨学金返済の困難を改善し、返済負担を軽減する政策が必要です。延滞金制度は、返済できるにもかかわらず返さない人へのペナルティとしての意味をもっていました。しかし現状で延滞者の大半は、所得が低いため返したくても返せないのが実態です。それを考えれば、すでにペナルティとしての意味をなさなくなっている延滞金制度も廃止が求められます。
返済猶予期限もしかり。本人の支払い能力を基準に猶予を設定しているのに、収入の増減にかかわりなく10年と期限を切るのは合理性がありません。本人の収入状況に合わせて猶予期限を見直すなどの、柔軟な対応はできないものでしょうか?
さらに、返済負担そのものを軽減する政策を実施すべきです。たとえば有利子奨学金利用者に対して利息分の負担を軽減する、卒業後に一定期間(たとえば15~20年)返済を行った人には残額の返済を免除する制度を導入する、などが考えられます。そして最も望ましいのは、卒業後の本人所得に応じて奨学金の返済総額を減額する仕組みを導入し、無理なく返済できる制度に改善することです。
奨学金制度は、経済的に困難な状況におかれている人にも進学の機会を与え、貧困のスパイラルを断ち切るための制度ではないでしょうか。奨学金の返済苦から前途ある若者が自殺したということは、制度の根幹を揺るがす事態だと思います。私は奨学金問題対策全国会議の共同代表として、これからも制度の改善を強く求めていきたいと考えています。