24年の警察庁統計によると、「奨学金の返還苦」による自殺者は23人で、22年の10人、23年の6人から大幅に増加しており、深刻な問題となっています。
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事例4は、うつ病にかかって退職してしまい、返還期限の猶予5年(現在は10年)も使い切って「減額返還制度」を利用することになったケースです。しかし最長10年間(現在は15年)の減額申請をして、月々の返還額を半分に減らしても54歳まで返し続けなければならず、延滞すると減額が認められなくなります。減額後の返還月額が1万6000円なのに対して、パートで得られる月収は9~10万円なので「とても結婚や出産は考えられません」とのことでした。
本事例について、岩重弁護士は「奨学金の返還が負担となってさまざまな人生の選択をあきらめなければならない」と説明されました。それは例えば、「結婚をあきらめる」「子を持つことをあきらめる」「働いている場所がブラック企業でも転職をあきらめる」「親と同居しているが、実家から出ることをあきらめる」などです。
しかも、こうしたケースは返還困難者に限られた問題ではなく、順調に返している人にも当てはまる場合があることに注目すべきだと言います。
この問題については、労働者福祉中央協議会(中央労福協)が継続的に行っている「高等教育費や奨学金負担に関するアンケート」でも読み解くことができます。そこでは奨学金返還が「結婚」について「大いに影響している」「やや影響している」との回答が15年の34.2%から24年には44.3%に増加、同じく「出産」についても22.9%から38.2%へと増加しており、いずれも「結婚/出産しにくくなった」と捉えられる結果が出ています。奨学金返還の負担が結婚や出産を困難にさせ、ライフコースの選択を狭めているのは深刻な問題です。
これらの事例を解説した上で、岩重弁護士は「(奨学金の返還困難は)本人の自覚とか、本人が頑張れば何とかなるという問題ではない」と強調されました。そこには学費の高騰、保護者の貧困化にともなう学生の生活困難、低賃金・不安定雇用の拡大、貸与型奨学金のローン化等といった構造的な問題があり、本人の責任によるものではないとのことです。
その上で岩重弁護士は、「貸与型奨学金と他の借金はどこが違うのか?」と問いかけます。貸与型奨学金が他の借金と異なる点は、借入れ時点で返済能力(将来の仕事や収入)が未確定であることです。自力で返せるあてがはっきりしていないうちに、大きな金額を借りるのですから、誰にでも返還困難者となりうるリスクがつきまといます。しかも近年の雇用の不安定化により、その危険性は高まっています。こうしたことから岩重弁護士は、無理のない柔軟な返還制度と返還困難にある人の救済制度が必要であるとし、制度の改善の方向について説明されました。
以上、岩重弁護士の今回の講義は、これまで数多くの奨学金返還困難者の相談に応じてきた経験が詰め込まれた内容でした。取り上げた4人の事例は、日本学生支援機構の奨学金制度の問題点が凝縮されていて、このテーマに初めて接する皆さんにも分かりやすく伝わったことと思います。
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日本学生支援機構の奨学金制度は、その救済制度の不十分さから多くの利用者とその家族を苦しめています。私自身も、対策としては次のようなことが重要だと思います。
まず個人としてできるのは、奨学金制度の中身や救済制度について詳しく知ることです。利用に際して情報提供が十分になされていないこともあり、制度があまり周知されていません。そのために、救済制度を利用できずにいる人は大勢います。日本学生支援機構の公式サイトや岩重弁護士が監修している「もう悩まないで。奨学金返済Q&A」が役立ちますので、ぜひご活用ください。
次に社会全体では、奨学金制度の改善を進めることです。延滞金→利息→元金の返還順序を元金優先に変更する、さらには未返還に対し一律にペナルティを課す延滞金を改め、事情を審査して酌量または制度そのものを廃止することも重要です。また人的保証を廃止し、機関保証に一本化することも効果が大きいでしょう。そして返還に際して所得が少ない場合には、それに応じて返還総額を減らす制度を導入すれば、若者の苦難を減らして結婚や出産などライフコースの選択を与えることにもつながると思います。
奨学金は本来、経済的に厳しい世帯出身の学生を支援し、若者の将来を広げるために存在するものです。利用者とその家族をも苦しめている現行制度のあり方は、いずれ根本的に転換すべきではないでしょうか。