お約束は絶対にお守りいたします」
私がそう言うと、馬場町長は一瞬、わずかに微笑んだように見えた。隣に立っていた夫人を見上げるようにして「それでは口述筆記を始めましょうか」と何かを確かめるように言った。
「まず最初にですが……」と馬場町長は話し始めた。「私はあなたに伝えておかなければならないことがあります」
私は黙って頷いた。
「すでにお察しかもしれませんが、私はがんです。4年前に手術した胃がんが転移しており、手術は難しい状況です。間もなく放射線治療に入ります」
突然の告白に私は思わず目を見開いた。馬場町長は意図的に視線を宙へと漂わせ、私と目を合わせようとはしない。
がん――?
私は激しく混乱しながらも、それまで聞いていた馬場町長の病名を記憶の中に探った。連載取材時、町役場から受けていた馬場町長の病状は確か「腸閉塞」だった。
噓だった――?
予期せぬ展開に思わずつばを飲み込むと、その音が思いの外大きく響いた。
「どうしても後世に伝えて欲しいことがあります」と馬場町長は事前に準備していたのだろう、今度は私の両目をしっかりと見つめ、胸の中に詰め込まれていたものを吐き出すように話し始めた。「今でも『原発事故による死者はいない』と言う人がいますが、あれは完全に間違いです。浪江町にはあの日、本来の情報が届いていれば、命を助けることができたかもしれない人がいた。それをどうしてもあなたに伝えて欲しく……」
そう言うと、何度も苦しそうにせき込んで、天井を見上げた。
本連載「『復興五輪』の現場」は、大幅に加筆・修正を加えて、この秋に単行本化されます! 詳細が決まり次第、お知らせします!