庭にそよぐ風が肌に心地よく感じられます。アトリエの下に続く棚田は収穫がほぼ終わり、苅田の風景が広がっています。木々に目をやると、葉は青々と茂っているのですが、夏に比べるとやや色あせている気がします。真っ先に色づくヤマウルシなどはもう紅葉が始まっていて、鮮やかな紅色を輝かせています。
これまでにも何度かこの連載で枯れ葉色をした昆虫のことに触れましたが、今回は「アケビコノハ」という蛾の話をしたいと思います。アケビコノハは、開張が約9センチあるヤガの仲間です。前翅は形も色彩も枯れ葉そっくりで、2枚の前翅をたたんで屋根型にしっかりと閉じると存在感がまったくなくなります。細い枝につかまって動かなくなる姿はまさに忍者のようで、「忍法木の葉隠れの術」なのです。
さらに私が魅了されるのは、アケビコノハの後翅の鮮やかさです。山吹色の地に漆黒の斑紋があり、まるで和紙の上に誰かが落書きをしたような鮮明なコントラストです。目を細めると、動物の顔のようにも見えてきます。目に焼きつくこの派手な色彩の翅が、枯れ葉色の地味な前翅の下に隠れているのですから不思議です。
とまっている時のアケビコノハは閉じた前翅に後翅が隠れているため枯れ葉のようですが、飛び立つ時には美しい山吹色が見えます。大柄な蛾が、舞うというよりカーブを描きながらロケットみたいに飛ぶので、山吹色がフラッシュのように明滅する感じです。枯れ葉と化して枝にとまっているとその存在に気づきかないため、飛び立つ時に突然出会うことになり、飛行する後ろ姿をいつも呆然と見守るだけです。そして、軌跡を追っていてもその明滅は一瞬にして消えてしまいます。
アケビコノハは、枝にとまるというよりは最初はぶら下がるように脚を引っかけて、アクロバットさながらに翅を閉じながら体勢を整えます。気に入ったところを探すというよりも、どこでもいいから茂みの中の枝につかまればいいと思っているのでしょう。たとえ周りが緑色の葉に覆われていても、姿が枯れ葉そのものなのですから、まったく違和感がないのです。
名前に「アケビ」と付くように、アケビコノハの幼虫はアケビの葉を食べて育ちますが、幼虫時代の姿にも特徴があります。それは、なんともユニークな文様を持っていることです。背中に大きな目玉模様があり、淡い黄色の地に漆黒の瞳、その中には青斑が施されていて立体感があります。片面に2個の目玉模様があるのでなんだか顔のように見えますが、実は反対側の側面にも同様の模様があるので、真上から見ると4個の目玉ににらまれることになります。本当の頭部はくるりとまるまった体の下にあって、威嚇効果のある目玉模様に守られているようです。
アケビコノハに出会えるのは、初夏の頃と秋です。秋に出会う個体はそのまま成虫の姿で越冬します。今年も予期しない遭遇が楽しみです。
開張
左右の翅(はね)を広げた時の前翅の両端間の長さ。