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連載

目玉模様の愛らしい妖精  〜ヒメウラナミジャノメ

第70回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 辺りはすっかり春の風景になりました。ウメの花が散ってレンギョウが咲き、ヤマザクラが蕾(つぼみ)をふくらませています。アトリエのアプローチの土手にはキンポウゲが咲きはじめました。
 このレモン色のキンポウゲにはいろいろな蝶がやってきます。このうち、人が近づいても逃げようとしない一番人懐っこい蝶は、ヒメウラナミジャノメでしょうか。
 ヒメウラナミジャノメは、里山のどこででも見られる蝶です。大きさは500円玉くらい。同じくジャノメチョウの仲間であるクロヒカゲやヒカゲチョウは、薄暗い雑木林の中を好みますが、この蝶は庭などの明るいところが大好きです。新芽がふくらんだばかりの春の雑木林はまだ林内に光が差し込んでいるので、落ち葉の上を飛び回ります。そして、季節が進むにつれて林内を離れ、林の周辺や畑地だけで暮らすようになります。

キンポウゲにやってきたヒメウラナミジャノメ。(撮影:今森元希)

 幼虫は、いろいろなイネ科植物の葉を食べます。アトリエ周辺ではススキやチガヤを食べているようです。特にチガヤは田んぼの土手やあぜ道に普通に生えていて、地下茎をしっかりと張るので、農家の人は土手を保護するために大切にします。食草に満たされている農地は、ヒメウラナミジャノメにとって天国といったところでしょう。
 間近で見ると、この蝶はとても美しい翅(はね)をしています。金色に縁取られた目玉模様や繊細なさざなみ模様は、これまた神様の造形物としか思えません。アトリエをつくる時、春から秋までヒメウラナミジャノメに出会える庭をつくりたいと願っていたのですが、今はそれが叶ってとても満足しています。

ヒメオドリコソウに止まったヒメウラナミジャノメ。(撮影:今森元希)

 ところで、ヒメウラナミジャノメにたいへんよく似た蝶がいます。ウラナミジャノメで、目玉模様の数が少ない以外はほとんど同じといった感じです。この蝶は、現在は絶滅危惧種に指定されるほど激減しました。40年くらい前まではアトリエから数キロ離れたところにもいたのですが、最近は見つかっていません。
 ウラナミジャノメも人里にいる蝶で、私が観察していた場所は美しく管理された風通しのよい雑木林の周辺でした。当時から数も少なく、限られた場所にしかいなかったのですが、ある年から突然出会えなくなったのは本当に残念です。この蝶が減少している理由は、雑木林の管理不足や農薬などの影響だと言われています。ヒメウラナミジャノメのほうは元気に飛び回っているのに、とても不思議です。
 アトリエのアプローチのキンポウゲの花は、今年もテカテカとニスを塗ったような花びらを揺らしながら春の光を浴びています。まもなく、ぴょんぴょんと跳ねるように飛ぶかわいい妖精がやってくることでしょう。そんな場面を見つけたら、腰を低くしてそっとのぞいてみたいと思います。

ヒメウラナミジャノメの交尾。(撮影:今森元希)

アトリエに咲いたトサミズキの花。(撮影:今森元希)

 
 *写真の複製・転載を禁じます。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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