辺りはすっかり春の風景になりました。ウメの花が散ってレンギョウが咲き、ヤマザクラが蕾(つぼみ)をふくらませています。アトリエのアプローチの土手にはキンポウゲが咲きはじめました。
このレモン色のキンポウゲにはいろいろな蝶がやってきます。このうち、人が近づいても逃げようとしない一番人懐っこい蝶は、ヒメウラナミジャノメでしょうか。
ヒメウラナミジャノメは、里山のどこででも見られる蝶です。大きさは500円玉くらい。同じくジャノメチョウの仲間であるクロヒカゲやヒカゲチョウは、薄暗い雑木林の中を好みますが、この蝶は庭などの明るいところが大好きです。新芽がふくらんだばかりの春の雑木林はまだ林内に光が差し込んでいるので、落ち葉の上を飛び回ります。そして、季節が進むにつれて林内を離れ、林の周辺や畑地だけで暮らすようになります。
幼虫は、いろいろなイネ科植物の葉を食べます。アトリエ周辺ではススキやチガヤを食べているようです。特にチガヤは田んぼの土手やあぜ道に普通に生えていて、地下茎をしっかりと張るので、農家の人は土手を保護するために大切にします。食草に満たされている農地は、ヒメウラナミジャノメにとって天国といったところでしょう。
間近で見ると、この蝶はとても美しい翅(はね)をしています。金色に縁取られた目玉模様や繊細なさざなみ模様は、これまた神様の造形物としか思えません。アトリエをつくる時、春から秋までヒメウラナミジャノメに出会える庭をつくりたいと願っていたのですが、今はそれが叶ってとても満足しています。
ところで、ヒメウラナミジャノメにたいへんよく似た蝶がいます。ウラナミジャノメで、目玉模様の数が少ない以外はほとんど同じといった感じです。この蝶は、現在は絶滅危惧種に指定されるほど激減しました。40年くらい前まではアトリエから数キロ離れたところにもいたのですが、最近は見つかっていません。
ウラナミジャノメも人里にいる蝶で、私が観察していた場所は美しく管理された風通しのよい雑木林の周辺でした。当時から数も少なく、限られた場所にしかいなかったのですが、ある年から突然出会えなくなったのは本当に残念です。この蝶が減少している理由は、雑木林の管理不足や農薬などの影響だと言われています。ヒメウラナミジャノメのほうは元気に飛び回っているのに、とても不思議です。
アトリエのアプローチのキンポウゲの花は、今年もテカテカとニスを塗ったような花びらを揺らしながら春の光を浴びています。まもなく、ぴょんぴょんと跳ねるように飛ぶかわいい妖精がやってくることでしょう。そんな場面を見つけたら、腰を低くしてそっとのぞいてみたいと思います。
食草
その昆虫がえさとする特定の植物のこと。