はい。「不妊手術を受けたい」という原告の訴えは、女性の「産む・産まない」の選択の自由や権利が国によって管理されていることへの異議申し立てなのです。原告の皆さんからも「私たちの想いを言葉にした、すごくいいネーミングだと思う」と喜んでいただき、やっと私たち弁護団の理解が追いついたと思えました。
もっとも、「不妊手術を受けたい」という原告の訴えになかなかピンとこないのは、私たちだけではないように思います。今回の訴訟で専門家に意見書を書いてもらおうと、何人かにコンタクトをとりましたが、「この人ならリプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツに理解があるのでは」という方でも、なかなか話が噛み合いません。不妊手術の問題について取り上げている文献や論文も探してみたのですが、これというものがなかなかないのです。そのような経験を重ねるうち、社会全般でこの問題が盲点になっていたのではないかと思うようになりました。
世界では不妊手術は一般的な選択肢のひとつ
――今回の訴訟に対して、メディアからはどのような反応がありましたか。
今回の訴訟に関心を持ってくれた報道関係者は何人かいるのですが、その全員が女性でした。しかし、「男性上司の理解が得られなかった」と言われたり、途中から連絡が来なくなったりするなど、実際に取り上げられる機会はまだ少ないのが現状です。日本では、メディアにおけるリプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツへの理解が十分ではないということ、特に今回の訴訟については、やはりまだ誰もピンときていないのだろうということを、改めて実感しています。
対照的に反応が早かったのは海外メディアで、「先進国であるはずの日本で、リプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツの分野がここまで後れているとは」と、受け止められているようです。特に「ニューヨーク・タイムズ」の記事は反響が大きく、それを見た国外の人たちから支援の申し出もありました。
海外の反応では「不妊手術が原則禁止」ということ自体への驚きも聞かれました。実際、世界の多くの国で不妊手術は一般的な避妊の選択肢として認められています。137カ国を対照とした国連の調査では、不妊手術を明示的または解釈により禁じているのは8カ国のみで、日本以外ではグァテマラ、キルギス、ルワンダ、スーダン、ミャンマー、サウジアラビア、ベネズエラです。このうち配偶者同意を必須とするのは、日本、ルワンダ、ベネズエラの3カ国、それに多産要件も加えているのは日本とルワンダだけです。日本にいると、「不妊手術は避妊の選択肢のひとつ」ということ自体が考えの外になってしまうのかもしれません。
――世界の趨勢とこれだけかけ離れているにもかかわらず、母体保護法がリプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツに即した方向で改正される動きはなかったのでしょうか。
1996年に優生保護法が母体保護法に改正されたとき、参議院厚生委員会から「この法律の改正を機会に、国連の国際人口開発会議で採択された行動計画及び第四回世界女性会議で採択された行動綱領を踏まえ、リプロダクティブヘルス・ライツ(性と生殖に関する健康・権利)の観点から、女性の健康等に関わる施策に総合的な検討を加え、適切な措置を講ずること」という附帯決議が出されています。2000年の母体保護法一部改正時にも、衆参両院による附帯決議等でリプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツの理念を踏まえた法整備の必要性が言われ、翌年の参議院共生社会に関する調査会でも同様の報告が出ています。しかし、その後、母体保護法にリプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツの視点を踏まえた改正はまったく行われていません。当時の議論や附帯決議は20年以上、棚ざらしにされたままです。
あくまで想像ですが、選択制夫婦別姓制度の問題も同じく前に進んでいないことを考えると、この間の日本の政治状況において、家父長制に根差した伝統的家族観を持つ保守系政治家の影響力が大きく、議論すら進まなかったということかもしれません。政治が動こうとしない状況において、司法でこの問題を問う意義は非常に大きいと考えています。
〈「女性の『産まない』選択はなぜ制限されるのか(後編)『不妊手術』という選択の背景にあるもの」につづく〉
堕胎罪
妊娠中の女性が中絶をすると1年以下の懲役に処される。中絶を行った施術者も罰せられる。1948年成立の優生保護法で例外規定が設けられて一部の中絶が可能になり、現行の母体保護法にも引き継がれた。