子どもに対する性暴力と聞くと、「そんなことはあってはならない」と思うと同時に「そのような被害に遭う子はごく一部では」と考える人もいるかもしれない。しかし、現実には想像以上に多くの子どもたちが性暴力や性犯罪の被害に遭っており、まずは大人がその事実を知ることが被害を減らしていく第一歩になる。「ふらいと先生」としてエビデンスに基づいた情報発信を続ける新生児科医・小児科医の今西洋介先生に、今の子どもたちを取り巻く性被害の実態についてうかがいました。
表に出ている被害は「氷山の一角」のさらにごく一部
――2024年12月に『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る子ども性被害』(集英社インターナショナル)を刊行されました。小児科医として子どもの性被害の問題に取り組むようになったきっかけは、どのようなことだったのでしょうか。
原点は、臨床現場での経験です。小児科医として救急で性被害に遭った子どもの診察もしてきましたし、新生児医療では妊娠や出産のときに特に支援が必要な母親の生育歴をたどっていくと、小児性被害の経験者だったということをしばしば体験しました。子どもの性被害の問題の解決に向けて、もっと取り組んでいかないといけないと思うようになり、性被害に遭った子どもを扱うNPOを支援するほか、同じ小児科や産婦人科の医療者と一緒に、性被害に遭った子どもの包括的な支援を行う小児性暴力ワンストップセンターの普及に向けて尽力しています。
しかし、私が「子どもの性被害をこの世からなくしたい」と言うと、「子どもの性被害なんて、本当にあるの?」「あったとしても、珍しいんでしょう?」と言われることが少なくありません。今回、本を書いたのは、より多くの人に実態を知ってもらい、多くの子どもたちが性被害に遭っている今の社会を変えていくにはどうしたらいいか、読者の皆さんと考えていければと思ったからです。
特に男性の場合、女性と比べると性被害に遭った経験が少ないか、性被害に遭っていたとしても気づいていないため、実感を持てない人も多いと感じています。そうした男性たちも問題の深刻さが理解しやすくなるよう、データを引用し、エビデンスベースでお伝えすることを意識しています。
――実際のところ、日本ではどれくらいの子どもが性被害に遭っているのでしょうか。
子どもの性暴力の実態を知るための調査研究は国内外で行われているものの、これらのデータには暗数、つまり統計にあらわれる数と実際の数との間にある「差」がつきものです。性暴力はただでさえ被害が表に出にくいという特徴があり、特に子どもが被害者である場合、よほど意識しないかぎり、被害の実態は見えにくいのです。何年、何十年も経ってから、子どもの頃の経験が性被害だったとようやく理解するということも珍しくありません。近年は子どもの性被害についての報道を見聞きする機会も増えてきましたが、氷山の一角のさらにごく一部がようやく伝えられるようになってきた状況だと思います。
そのことを前提に、日本で実施されてきたいくつかの調査結果を見ていきましょう。厚生労働省「潜在化していた性的虐待の把握および実態に関する調査(令和2年度)」よれば、推定で1日1000人以上の子どもが「何らかの性被害」に遭っていると試算されています。「さすがに多すぎないか」と思い、子どもの性被害を多く担当する弁護士の知り合い何人かに聞いてみたところ、「体感として、リアリティがある数字だ」と言われ、改めて衝撃を受けました。
もうひとつご紹介したいデータは、内閣府男女共同参画局が16〜24歳の男女及び性的マイノリティを対象に行った「令和3年度 若年層の性暴力の実態に関するオンラインアンケート及びヒアリング結果」です。回答者6224人のうち、被害に遭ったことがあると答えたのは1644人、つまり若年層の4人に1人が性被害の経験があるということになります。
この調査で「最も深刻な/深刻だった性暴力被害に最初に遭った年齢」で最も多いのは16〜18歳(32.7%)でしたが、全体の42.2%を占めたのは0〜15歳でした。そのうち、0〜6歳で被害に遭ったのは2.5%です。しかし、年齢が低ければ低いほど、子どもは自分が性被害に遭っていることを理解できませんから、実際にはもっと多いと考えるべきでしょう。
――「性暴力」というとレイプや痴漢などの他に、どのようなものがあるのでしょうか。
先ほどの内閣府の調査では、性暴力を「言葉による性暴力」「視覚による性暴力」「身体接触を伴う性暴力」「性交を伴う性暴力」「情報ツールを用いた性暴力」の5つに分類しています。つまり、身体の接触がなくても、性的な言動をされたり、させられたりすること、AVや性行為を見せられたりすること、性的な画像を送りつけられたり、送らせられたりすることも含め、「同意なく性的な行動をされること、させられること」はすべて性暴力です。
日本では2023年に刑法が改正され、性交同意年齢の下限が13歳から16歳に引き上げられ、16歳未満の子どもに対し、特に5歳以上年上の者が性交やわいせつ行為に及んだ場合にはすべて犯罪と見なされるようになりました。これまでの年齢設定が低すぎたと言えますが、そもそも、子どもは性の知識と経験をまだ身につけていないのですから、性的な行為に対して同意しようがありません。大人と子どもの間には圧倒的な力の差が存在しており、子どもに対して性加害を行う大人は、その上下関係を利用しています。