仁藤 最近、学校で「誕生学」を取り入れる動きがありますよね。「生まれてきたことは素晴らしい」「命を大切に」と伝えることで、いじめや自殺防止をしようという教育ですが、その言葉に追い詰められる子たちがいることに危機感を持っています。「命の素晴らしさを教えることの何が悪いの?」と思う人たちに、どう伝えればそれをわかってもらえるでしょうか。
松本 ちょっと話が飛ぶんですけど、僕は以前、学校に「薬物乱用防止講演」に行ってたんです。薬物の危険を訴える「ダメ。ゼッタイ。」という標語がありますが、僕もそういう「ダメ。ゼッタイ。」的な話をしていました。ある時、覚せい剤で少年院に入った子に「学校で薬物乱用防止教育はなかった?」と聞いたら、「ありましたよ。警察官がきて『人間やめますか。覚せい剤やめますか』とか言ってました」。その子の父親はその時、覚せい剤で刑務所に入っていたので、「親父は人間じゃないんだ。人間じゃないやつの息子だから俺も人間じゃねえよな」と自暴自棄になって、悪いグループに近づいて、自ら覚せい剤を使ったそうです。
その話を聞いて、ものすごくショックを受けました。僕の講演を聞いた子たちの9割は「薬物の怖さがよくわかりました」と言うんだけど、その9割の子たちは、たぶん僕の話を聞かなくても薬物なんか使わない。残りの1割がリスクの高い子たちなのに、僕の講演はむしろその子たちを孤立させ、追い込むようなものだった、ということでしょう。
生命尊重教育も同じです。命が尊いかどうかはわからないけど、幸せに生きてきた子は、そんなこと改めて考えなくても生きていけますよね。そして「あんたなんて産まなきゃよかった」とののしられ、殴られてきた子は「じゃあ、どうして俺はこんなに親から殴られてきたんだろう?」と孤立感でいっぱいになり、ますます死にたくなってしまいます。
自殺予防教育を「自分を傷つけるのはよくないことだ」「死にたいと言うやつは親に感謝が足りない」というような道徳問題にすり替えるのはおかしい。そんな抽象的なことはいらないから、学校でもっと具体的な教育を行ってほしいんです。「この地域にはこういう援助者がいます。ここはお金がかかりません」とか、児童相談所の人が「私はこんな顔をしています。困ったことがあったら相談にきてください」といった授業をするとか。
「死にたい」と言える人を見つけて
松本 もう一つは、メンタルな健康度の高い9割の子たちが、1割のハイリスクの子たちのサポーターになれるような教育をしてほしいんです。リストカットしている子たちは、親やカウンセラーにはほとんど話さない。でも35%くらいの子が、友だちには話したことがあるそうです。つまり、その子たちを守れる一番のゲートキーパーは友だちです。ただ、告白された子も困って絶交してしまったり、反対に巻き込まれて一緒にリストカットしてしまう子も多い。だから告白された子はどう受け止めて、どう大人の支援につなげていけばいいか、教える必要があります。
それから高校では中退者ガイダンス。だって薬物や自殺のリスクが高い子たちは、だいたい高校1年くらいで中退してるじゃないですか。
仁藤 私も中退しました。
松本 中退してからお金に困ったらどこに相談に行ったらいいか、メンタルを病んだらどこに行ったらいいか、教えてもらってないじゃないですか。そういう教育こそやるべきです。
仁藤 先生は困っている子がいたら、どこに頼れる大人がいる、と伝えますか?
松本 僕はよく「どこにいるかわからないけど、少なくとも3人の大人に相談してくれ」と言うんですけど。3人に1人ぐらいは頭ごなしに「だめ」と決めつけず、「こういう悪いことをしたのには訳があるよな」と思ってくれるんじゃないかと。
仁藤 私も「10人に言えば3人くらいは聞いてくれるかもだけど、私をそのうちの1人にしてもらえたらうれしい」と言ってます。
「なんで売春がダメなの?」「なんで自殺はダメなの?」と聞かれたら、私にはダメとは言えない。そもそも私も、あんまりそれが悪いと思っていないところがあるんです。ただ、目の前にいる子が私にとって大事で、その子が傷ついているのがわかるからやめてほしかったり、危険な目にあう子がいるからその危険を伝えるけど。「やめなよ」と言うより「一緒に考えるよ」と言うことで、「人を信じてみてもいいかも」「環境を変えてもやっていけるかも」と思ってもらえたら。そこからかな、と思っています。
松本 「何があっても自殺はダメ」と思っている援助者ほど、うっとうしい人はいませんよね。そんな人に「死にたい」という気持ちは話せないし、それを正直に話せない関係性で自殺予防はできません。自殺がいいか悪いかはわからないけど、「何に困ってるの? 他に解決策がないか、一緒に考えてみよう」という関わり方が必要なんだろうと思います。
“問題行動”というのは、その行動によって一時的に救われて、命をつないでいるという面があります。人にはいろんな生き延びようがある。援助交際している子が「誰かに抱きしめられている時だけ、この世にいてもいいのかなって思える」なら、「そんなふうに感じちゃダメだ」なんて言えません。「リストカットしたり、クスリを使ったり、いろいろあったけど、とにかくここまで生き延びてきてよかったね」と、まずは褒めたいです。
仁藤 「死にたい」と言ってもらえるのは、いいことですよね。「もう夢乃ちゃんにも言えない」となった時こそ、本当に行動してしまう可能性がある。私も、これからも女の子たちと一緒に考え続けていきたいと思います。
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