そういう人たちにとって、自分がどうしたいかを自分で決めるのは、簡単なことじゃない。だから、そういうことを経験して理解している〈えみちゃん〉のような当事者が活動に関わっていることは大きいですよね。
田中 障害者の場合は、ロールモデル(模範・手本になる人)が本当に多様なんです。障害種別が違うから分かり合えないかなって周囲が思っても、何だか当人たちは分かり合ってるっていうこともあります。〈えみちゃん〉は難病による身体障害者で、自立を目指す明日香ちゃんは精神と知的の障害を持つ女の子なんですが、〈えみちゃん〉は明日香ちゃんのことを誰よりも分かっている。ある面では実の母親よりも分かっている。それって、やっぱり当事者同士だから、通じ合う部分があるんじゃないかなって思うんですよね。
映画『インディペンデントリビング』より。©️ぶんぶんフィルムズ
「仕事っぽくなさ」がすごく良い
仁藤 登場人物の中では、私は明日香ちゃんに最も親近感を覚えましたね。私たちの身近にもああいう子がいて、明日香ちゃんだけでなく、その母親や母親との関係性も本当に似てるんです。その子も、この映画を観て「自分みたい」と言っていました。
田中 映画の中で、明日香ちゃんは母親と喧嘩しちゃうんですよね。でも、あのシーンにはいろいろな感情や思いが結構凝縮されてて……母も娘も怒りを抑えきれずその場から出て行きますが、コーディネーターが母親をなだめ、〈えみちゃん〉は明日香ちゃんのフォローに行って、双方の間に入りながら親子の関係修復をします。
言葉で言ってしまえば簡単に聞こえるかもしれませんが、障害者が自立生活を始める時には親元を離れることにもなるので、これまでの積み重ねや関係性によっては、そのまま縁が切れてしまうことが少なくない。中にはすぐに縁を切った方がいい場合もあるけど、そうじゃないこともある。当人にとって親子関係の継続が選択肢の一つになり得るんだったら、とりあえずつなぎ留めて関係性を多様化しようっていう支援が、とっさにできているのがすごいんですよ。
仁藤 確かに劇中では最も切迫した場面だけど、それを笑いながら見られる感じっていうか、周囲の人たちがその関係性や状態を含めて「分かっている、分かろうとしている」ってことに安心感があった。あの母娘も二人きりで家にずっといたら、お互いにほんとしんどかったろうな。近くにいすぎると上手くいかないけど、距離を置くことでいい距離感で付き合いができるってこともありますよね。
映画では支援が必要な相手に対して支援者も自分の性格や人柄、自分のことをオープンにする、そういう関係性もいいなと思いました。でも支援の現場では「あんまり利用者とそういう関係になっちゃいけない」と言う人たちも中にはいて……。この映画に出てくる自立生活センターの介助者のみなさんは、そのへんはいかがですか?
田中 ノリの良い人が多い大阪っていう土地柄もあって、オープンなヘルパーは結構多いと思います。もちろん、中にはノれない人もいるだろうとは思いますが(笑)。東京のセンターだとやっぱり雰囲気が違いますね。もう少し事務的で「仕事っぽい」感じがします。
仁藤 私は、その「仕事っぽくなさ」っていうのがすごく良いなあと思いました。人の人生に関わる活動をする中で「仕事としてやっているのか、人としてやっているのか」は、常に問われてきますよね。単なる「仕事」としてやろうとしても、そういう信頼関係や、場の雰囲気は作れない。
田中 そうですね、普通の職場とはちょっとズレてるかも。運動の中で何かを動かしたいってなった時には、それぐらい濃密にやらないと何も変わらないよっていうことを分かってくれる仲間がどれだけいるか、みたいな。
仁藤 安心できるサービスを提供することと、更に人としての関わりも大切にっていうことの両立が、自然とできる介助者や支援者は少ないような気がする。例えば〈トリス〉さんっていう若い利用者さんに、障害当事者の先輩である〈チョッキ〉さんは「これから人と関わることになるから、ヤなこともあると思うよ」って、でも「なんかあったら抱え込まないで言ってね」ってアドバイスするじゃないですか。〈えみちゃん〉のシーンでも、お母さんに対してだったかな、「失敗も成功も支えていきますから」みたいな。その一言がもたらす安心感。私は活動の中で連携する行政や公的機関の人からは、そういう言葉って一度も聞いたことがない。反対に「そこでうまくいかなかったら次はない」なんて脅されたりとかはあるけど。
田中 そういうのは嫌ですよね。現代社会には「失敗したら最後」みたいな考えが多くって。人間、失敗してこないと何も学べない。センターの人たちはよく「失敗する権利」って言うんですけど、施設や親元にいた障害者たちの多くは失敗を経験させてもらうことさえなく過ごしてきたので、失敗をすごく大事にしているところがあります。先ほど映画制作のきっかけのところでお話しした夢宙センターの平下代表――彼も障害当事者なんですが、かつて他の障害者を差別した経験を持っていて、そんな自分を悔い改めて生き直そうとしていました。
仁藤 自分の加害者性に向き合えるってことは大事だし、私も「できるだけそういう人でありたいな」と思ってます。でも運動とかに関わっていたり、社会貢献とかNPOとかに関わっていたりする人ほど、意外とそうした自覚が欠けてきちゃうこともあるなって。「自分はいいことしてる」みたいに思ったり、「自分が差別するわけない」って思ったりとか。そういう人とのやりとりをするのは結構消耗する(笑)。でもやっぱり大事なのは、そんな人にいかに理解させるか以上に、当事者たちが連帯してできた輪をどうやって広げていくかってことなのかなって、今すごく考えながらやっています。
田中 「連帯」って、ちょっとフィールドが違う人同士の方がしやすいのかもしれませんよね。大きな円を描いて、周辺の人たちを取り込んでいこうっていうのは運動の戦略としても正しい。アメリカでは障害者だけでなく、性的マイノリティーや移民への支援を行っている自立生活センターもあります。日本もまだまだ多くの課題を残しながらではありますが、少しずつ制度が充実してきているので、自立生活センターでできることはもっとあるはずだし、「今後一緒にやっていけたらいいね」みたいなことを映画制作を応援してくれたセンターの方々と少しずつ話をしています。そうした可能性がある現場だと思えばこそ、入り口になるような映画を目指したんです。
colabo(コラボ)
一般社団法人
『すべての少女が 「衣食住」と「関係性」を持ち、困難を抱える少女が搾取や暴力に行き着かなくてよい社会』を目指して活動する非営利団体。2011年に仁藤夢乃を代表として設立。10代の少女たちと支援する/される関係ではなく「共に考え、行動する」ことを大切にしており、虐待や性暴力被害を経験した10代の女性たちとともにアウトリーチや、虐待や性搾取の実態を伝える活動や提言を行っている。
