2016年4月に発生した熊本・大分地方の地震災害で、私の家族が被災した。前回の“ここがおかしい”で書いたように、5年前の3.11東日本大震災では、震災後、私は約1年間の短い期間だったが宮城県で生活しながら活動をしていた。なので熊本で地震があって、一番に心配して連絡をくれたのは、東北で出会った人たちであった。
震災前の宮城には足を運んだことがなかったが、熊本には何度か行っているので、ニュースで自分の知っている場所が被災した様子や熊本城が崩れていく様子を見ることは、3.11の時とまた違う辛さがあった。といっても、何度か行ったことがある程度なので、そこで暮らしてきた方々の痛みは計り知れない。東北で活動中に自分の言動に失礼なことはなかっただろうか? と振り返った。
熊本の家は本震で瓦が落ち、壁にはひびが入り、柱の一部が崩れた。翌日の雨で雨漏りもしてしまった。
避難所に行けない家族
家には96歳の祖母がいることもあり、私の家族は避難所へは行かず生活を続けている。最初の数日間は車の中で寝泊まりしていたが、それもきついので、今は一部損壊した自宅で過ごしている。屋内にいるのは怖いけれど、そうせざるを得ない。特に高齢者や障害や病気のある方など、人が多い所では生活が難しく、不安を抱えながら自宅に居ざるを得ない人は多いだろう。東北でもそうした方々が、周囲への配慮や自分のため避難所に入らず、車の中や津波で浸水した家の中で生活を送っていた。
私は、炊き出しや給水の情報を調べて伝えた。高齢者ばかりだと簡単に情報にたどり着けないため、若者たちがSNSで発信してくれており、遠方からもできることがあって助かった。しかし給水や炊き出しがあっても、そこまで行くことが大変だったり、祖母を家に一人にして長時間並ぶのは心配だったり、と問題は残った。
コンビニやスーパー、銭湯再開のニュースがあっても多くの人が並ぶため、震災直後はなかなか私の家族は利用できずにいた。私も宮城での復興支援の最中、スーパー銭湯が再開した時は湯船に入るだけでなく、シャワーを浴びるにも裸で行列したことを思い出した。町中には津波で流されたがれきが積み重なり、埃も舞っていたので、ボランティアの私も週に1度か2度お風呂に入りに行けたことは本当にありがたかった。しかし裸での行列は、90代の祖母には厳しいだろう。
困っている人を悲しませない物資を
困っている人がいる時、何かできることがあればと考えるのはいいことだが、支援物資を送る際には、受け取る側の気持ちや状況をよく考えてほしいと思う。宮城の避難所では、ボロボロの衣類や、短くなった使い古しの鉛筆が送られてきたのを目にした。それを見た被災地域の方は、悔し涙を流されていた。
またある避難所では、中学生が届いた文房具の仕分けをしていた。声をかけると「たくさんあるんで、よかったらもらってくれませんか?」と悲しそうに笑う。取材に来た記者に「今、必要なものは?」と聞かれ、「勉強道具がほしい」と答えたら、それが新聞に掲載され、たくさんの文房具が届いたのだという。
子どもが十数人しかいない避難所に、段ボール箱で50箱。最初はありがたかったが、届き続ける文房具を前に、途方に暮れていた。大人たちが置き場に困る様子を見て、友人から「お前が記者にあんなこと言うからだ」と言われ、「自分で責任を取りたい」と話してくれた。使いかけのノートやお菓子が一緒に入った段ボール箱もあるため、一つ一つ中身や物品の状態を確認しながら、何日もかけて仕分けをしていた。
被災地に物資を送る場合は、1つの段ボール箱に何種類もの物品を入れると仕分けが大変だ。宮城でも少量ずつ、様々なものを詰め合わせて送られてきた物資の仕分けに、ボランティアや被災者の方がかなりの時間や労力を割くことになり、避難所の運営を支えていた友人も苦労していた。物資を送る時は1つの箱に1種類の品、箱の外側に品名を明記したり、種類がある場合などは中身が何なのかわかるようなリストを同封するとよいだろう。
また、送る物品が受け取った相手に喜ばれるものかどうか、本当に支えになるかどうかも考えたほうがいい。
その中学生は、「こんなにいらないのに」と思ってしまう自分を責めていた。送り主から「子どもたちが使っている写真が見たいとか、子どもたちの声が聞きたいとか、最近どうですか? と電話がかかってくることがあって、電話の向こうで『辛いわよね、頑張ってね』と泣かれたこともある。泣かれるのは本当に勘弁してほしい。こっちが泣きたい気持ちなのに。自分たちのことを心配してくれていることはありがたいけど、自分の呼びかけに応えてくれた人に対して、うざいと思ってしまう自分が嫌だ」とも話していた。
私が運営するColabo(コラボ)にも、使用済みの下着や文房具や化粧品、シミや毛玉付きの服、ホテルのシャンプーや化粧品のサンプル、使いかけのもの、明らかに古くて埃を被ったもの、その他「いらないからあげる」というような物品が届くことがある。中・高校生の女の子たちが仕分けを行っているが、そういうものを送られてくると、迷惑どころか、空しくみじめな気持ちにもさせてしまう。
女子中高生向けのものを募集しているのに、シニア向けや子ども向けの服、肩パッドの入った時代を感じる服が混ざっていることもある。仕分けをしていた高校生が、「これ、絶対タンスの整理のついでに送っちゃおう! みたいな感じでしょ」とつぶやいた。
そういう衣類が何十箱も届いたり、遺品を整理した時の段ボール箱がそのまま送られてきたようなこともあった。段ボール箱を開けた瞬間、事務所内に古い家の屋根裏のようなにおいと埃が舞い、居合わせたみんながくしゃみをし始めた。アレルギーやぜんそくのある女の子には、その場を離れてもらった。
箱の中には20年以上前のストーブやつぼ、壊れたミキサーや古くてとても使えない調理器具、埃を被った男性用のジャケットなど、ゴミとしか思えないものが入っていて、「自分では捨てられないから送ってきたのではないか?」と感じた。こちらで処分するのにも、お金もかかった。
自分の友人には、こんなものは送れないのでは…… とも思った。被災者なんだから、ホームレスなんだから、困っている人なんだから、虐待を受けて家出している子なんだから、生活に困って売春する子なのだから、「こんなものでもいいだろう」という気持ちが、どこかにあるのではないかと。
物資は贈りものという気持ちで
送り主がどんな気持ちで送ってくれたかは、箱を開けた瞬間にわかる。埃っぽかったり、ごちゃ混ぜになっているものもあれば、きれいに詰めてくれていたり、かわいいメッセージが添えられているものもある。女の子が箱を開けた途端に「うわあ、かわいい!」「いいのありそう!」などと声が上がるものと、「これ絶対変なのだ」と、テンションが下がる感じになるものとに分かれる。
女の子たちが笑顔を見せるのは、支援物資というより、女の子たちへのプレゼントという気持ちで贈ってくれたものではないかと感じる。「喜ぶかなあ」と考えて送ってくれたのでは? と感じて、うれしくなる。
被災地では「物資」という言葉にマイナスイメージを持つ、中・高校生と多く出会ったが、コラボでは「その服かわいいいね!」と女の子に声をかけると「これ? 物資だよ。この前もらったやつ」「物資整理してた時に、いいのあったからもらった」「全部支援でもらったもの。コラボコーデだよ」と、自慢げに話してくれることがよくある。
「物資って言い方、なんか嫌じゃない?」と私が言うと、「えーそう?」「なんで?」と彼女たちに言われ、私のほうこそ気にしていたのだと気づかされた。「そうか、嫌なイメージがないならいいね!」と返すと、「じゃあ、ギフトと呼ぶのはどう?」と、ある女の子が言った。支援をギフト、応援者からの「贈りもの」として受け取れるのは幸せなことだと、うれしく思った。支援を受けることを恥じたり、みじめさを感じさせるような「かわいそう」ではない物品を、ご支援いただいているからこその言葉だとも思った。
「これ○○ちゃんに似合いそうじゃない?」「これどう?」「このトップスには、どんなボトムを合わせればいい?」「それ、似合うー!」などと、女の子たちが仕分けをしながら楽しむ声が事務所に響くと、ほほえましい気持ちになる。