海原 特に日本人がそうなんだと思います。日本は「お上(かみ)」とか「みんな」という精神的な束縛がとても強く、そこから外れることを極端に恐れる。農耕民族の村社会、そのあたりの意識がずっと続いているような気がします。アーノルド・ミンデルという心理学者が、社会には見えない部分にゴーストがいて、そのゴーストに縛られている、と言っていますが、「みんな」というのは、世間と言ってもいいでしょう。「これがいいんだよね」という、世間やマスコミが作り上げた世界があって、そこに入らなければダメなんだと感じてしまう人が多いんです。
加藤 今の若者たちを見ていて思うのは、批判精神が足りないんじゃないのかということです。なんで疑わないのって思っちゃう。洗脳するのは、簡単じゃないですか? だとしたら、戦争だっていつ始まったっておかしくないですね。
海原 本当にそうなんです。お上に従っていればいい、みんなと同じでいいんですよね。一人で「ノー」と言うのも怖いし、みんなと同じようにできないときには、一人で引きこもってしまう若者が多いですね。
加藤 私は非常勤講師として大学で文章表現を教えているのですが、今の学生はボキャブラリーが貧困だと常々感じているんです。
海原 ボキャブラリーが貧困だと自己表現がうまくできなくて、ストレスを乗り切ることも苦手になるんですよ。外来で患者さんに「そのとき、どういう気持ちですか?」と尋ねると、「どう言っていいかわからない」と返ってくることが多い。自分の気持ちをうまく表現して伝えることができないので、もやもやしてストレスをためてしまうんです。
加藤 言葉が貧弱だと自分で考えが構築できなくて、気持ちの整理がつかず、解決策も見つけられないということなんですね。
海原 そうです。だから、感情と事実の区別がつかない。「傷ついた」と言う人が多いのですが、「仕事でダメ出しされて傷ついた」と言うので、「実際にその仕事はどうだったんですか?」と尋ねると、「確かに仕事の出来は悪かった」と言うのです。出来が悪いのは事実、傷つくというのは自分の感情、それを分けて整理して考えることもできないんです。
加藤 心療内科で猫を飼ったらいいんじゃないですか?
海原 本当にそう! 私、側にいますから、少し猫と遊んでみてくださいって。
加藤 猫カフェ兼心療内科みたいなの、どうでしょう?
海原 いいですね! それ、すごくハッピーですね。
加藤 私、猫好きってうつになりにくいように思うんですよ。だって、朝、起きなきゃと思ったときに、隣で猫が気持ち良さそうに寝ていたら、「遅刻してもいいからもう少し一緒に寝ていよう」って思いませんか? 世界中を敵に回してもいいって(笑)。
海原 そうそう! 思います(笑)。
加藤 猫がいると、「まあいっか」って思えることが多いんです。
海原 ちょっとした心のゆとり、別のものの見方というのが、猫と一緒にいるとできるんですよね。私は患者さんに猫を飼うことを勧めることがあるんですが、それで成功するケースも多いんです。母親との関係がうまくいっていなかった、ある引きこもりの女性の例ですが、病院の帰りにたまたま子猫を拾ったことが大きな転機になりました。母親が動物嫌いだったのですが、「この猫を捨てるなら自分も家を出て行く」と初めて母親に反抗し、自分の部屋の中だけで飼うという条件で、子猫を育て始めたんです。そしたら、猫のごはん代を稼ぐために週に2回、花屋さんでアルバイトを始め、そのうちフラワーアレンジメントの学校に通って資格を取り、さらには講師になったんです。
加藤 そのポテンシャルがあったということですよね。
海原 あるんです。みんな持っているんですよ。心療内科に来る、自分で「ダメな人」だと思っている人は、ぜんぜんダメではないんです。みんなと同じようにできないことがダメだと思っているだけなので、何かきっかけがあれば改善できます。
猫が無防備であるほど平和だと思える
加藤 最後に、海原さんにとって猫ってなんですか? ってこの質問、毎回しているんですけど、猫が側にいるのが当たり前の人にとって、あえてこれを取り出して表現するというのが案外難しいなってことが回を重ねてわかってきました(笑)。海原 改めて問われるとなんでしょう? 当たり前すぎて、猫のいない暮らしそのものが考えられないですもんね。
加藤 私、最近切実に思うのは、自分が死ぬまで猫を飼い続けられるかどうかということなんですよね。
海原 それなんですよ、私も考えちゃいます。
加藤 今うちにいる猫たちがいなくなったら、もう飼うのはやめようと本気で思っているんです。
海原 でも、猫のいない暮らしに耐えられますか? 私は無理です。自分が死んだ後に猫の面倒をきちんと見てくれる人がいるか、引き取ってもらえる施設を見つけておけばいいんですよね。私が猫を飼い始めたのはまだ研修医だった頃ですから、それから本当にずっと側に猫がいる。当時、ものすごく忙しくて、何か側にいないとおかしくなりそう、そうだ、猫を飼おうって思ったんです。ちゃんと世話ができるかしらとも思ったんですが、どんなに忙しくても猫の世話はまったく苦痛ではなくて、むしろ楽しかった。猫が幸せそうにしていると、幸せな気分って伝染するから、一緒にいる人も幸せな気分になれるんだと思いました。
加藤 それは「同調」ですね。人にとって最初の家畜は犬だと言われていますが、そもそも、動物が嫌いな人って生き延びていないと思うんです。犬の家畜化の始まりは番犬の役割で、犬のほうが先に危険を察知しますから、犬がいることで人は安心して眠れたわけです。安全だと思うから、動物が眠っていたりくつろいでいたりする姿に癒やされる。ということは、動物が嫌いだという遺伝子は人にはなかったはずですよね。嫌いになったのは別の理由があって、根本的にみんな好きなんだと思います。猫がしどけなく寝れば寝るほど、かわいいとか癒やされるとか言いますよね。無防備であればあるほど平和だと思える。猫のそこにみんな惹かれるんじゃないでしょうかね。
海原 なるほど! すごく納得しました。