山口 ありますよ~。ボニーがやらかした大事件は、日本橋西川で作った2万6500円もする私のオーダー枕に、半年間に2回もおしっこをしやがったことですよ。
加藤 枕の中身は何だったんですか?
山口 いろいろな素材から選べるんですが、私のはそば殻がメインです。
加藤 羽毛だったらなんとなく理由がわかる気がするんですが、そば殻か~。
山口 気に入らないことがあって自分に注意を向けさせるためにやったんだと思うんです。
加藤 その枕、どうしたんですか? 捨てちゃったんですか?
山口 捨てるわけないじゃないですか! 2万6500円ですよ!! 西川で除菌と消臭をしてもらいました。2回目も恥をしのんでまた持って行って、今も使っています。エラ絡みの大事件は、私が原稿を書いているときに、パソコンの上を走り回ってロックをかけてしまったことですね。自力ではどうしてもロックが解除できなくて、長編小説の原稿がだめになるんじゃないかと本当に焦りました。結局メーカーの相談室に電話して、あれこれ教えてもらってやっと解除できたんですが、膝の上に乗りたいならすぐに来ればいいのに、わざわざキーボードの上を歩いてから来るんですよ。
加藤 うちも猫がパソコンに乗って、見慣れないウインドウが出てきたことが何度もありました。で、猫に聞いてましたよ、「ねえ、これ、どうやったら出た?」って(笑)。
猫の存在は「心のお守り」
山口 もちろん、かわいいところもありますよ。ボニーもエラも私が外出から帰ってくると玄関まで迎えに来てくれるんです。私にだけ。耳をそばだてて、私が帰ってくるのがわかるらしいんです。加藤 一緒に暮らしているのは山口さんとお母様とお兄様の3人ですよね。猫たちは皆さんのことをどんなふうに思ってるんですかね。
山口 私は完全にばぁやですね。母と兄は、なんとなくいる人、ですかね。遊んでくれるけど世話してもらえないのはわかってるから、猫たちは私にはあれこれ要求するけど、母や兄には何も言いません。母は寝ている時間が長くて、ときどき猫が上に乗って寝ているから肉布団とでも思ってるんじゃないでしょうかね。兄は咬みつくのに適した手を持っている人(笑)。ボニーは喜んで撫でられているのに、突然咬むんですよね。
加藤 それはたぶん愛咬(あいこう)ですね。だんだん気持ちよくなって咬んじゃうんです。お兄さんは撫で方が上手なのかもしれません。
山口 うちの猫たちは凶暴でDV(ドメスティック・バイオレンス)も激しいんですが、たまにこうやって猫絡みの取材を持ってきてくれたりするわけです。それに、ボニーが来た直後に、勤めていた食堂の悩みの種が解消されたし、エラが来て1カ月もしないうちに『月下上海』が松本清張賞の最終候補になったという連絡が来たから、どちらも幸運を呼んでくれた猫。「人間万事塞翁が馬」ならぬ「人間万事塞翁がDV猫」なんです。
加藤 DV猫ですか(笑)。
山口 DV猫なんですが、私にとって猫は「心のお守り」みたいなところもあります。生活の潤滑油とも言えますが、うちみたいに母90歳、兄69歳、私58歳の平均年齢70歳を超えた高齢者家族だと積極的な会話も笑いも少ない。でも猫がいると、「変な格好して寝てたのよ」「このコがバカなことをしたのよ」と話題が生まれるわけです。猫がいなければ、もっとシビアな家族関係になるでしょうね。
加藤 私もそうでしたが、介護をしているといらつく機会もどうしてもありますよね。
山口 そうですね。猫がいるから私も癒してもらえてるかな。それから、責任感も芽生えますよね。猫を残しては死ねないって。
面倒な結婚よりも裏切らない猫との日々
山口 行き遅れた女が猫を飼ったら、ホントに結婚できないですよ。もうね、「愛し愛されたい」という関係性は猫で満たされちゃうから(笑)。加藤 猫と人間の男はまた別だと思いますけどね。
山口 別なのはわかるけど、面倒くさいじゃないですか。赤の他人だったら理屈に則って話をすればきちんと通じるのに、結婚して身内になると「理屈ではそうだけど」みたいのが出てくるでしょ。
加藤 それはわかる気もします。山口さんは、結婚は1回もなさってないんですよね。
山口 はい、お見合いは43回しましたけどね。私の持論なんですが、1回結婚したことがある女性はいくつになっても再婚可能だけど、1回も結婚したことがない女性は、この年になったら本当に難しい。素敵な男性がいたら、理想の関係は友達以上恋人未満です。友達なんだけど、ちょっとときめいているというのがいいんです。そういう意味では猫は「いいとこ取り」ですね。相手が人間だと「うるさいからあっちに行ってて」とか言えないけど猫には言えるし、ちょっと冷たくしても猫はまた来てくれる。人間同士だと相手の気持ちというものがあって、こちらの思い通りにはならない。猫だって思い通りにはならないけど、猫とは運命共同体的なところがあるんですよね。
加藤 どんなに好きな男でも嫌いになる瞬間があるけど、猫にはそれを感じないでしょ。
山口 そうそう。男ってどんなに愛情をもって尽くしても応えてくれるとは限らないけど、猫は必ず応えてくれるからでしょうかね。
加藤 子どもには無償の愛を与えることができると言うけれど、それと似たものを猫に与えているってことなのかしらね。
山口 それは言えますよね。100%の愛情をかけても猫が決して裏切らないのは、飼い主がいなければ生きていけないからで、猫は私のすべてを受け入れざるを得ない。対等な関係ではないんですよね。全面的に私を頼って信じてくれる存在なんです。でも、猫は「子どものような存在」とも違う。だって子どもはある程度頼りになるけれど、だいたいにおいて猫は役に立たないもの(笑)。それでも、猫に振り回されて迷惑を被ることがあったって、こんなにも私を信じてくれる存在は他にはいない!
加藤 そう言い切っちゃうのも悲しくないですか(笑)。
山口 でもそうだもの(笑)。そういう関係でありながら、猫は勝手気ままに生きてるわけですよ。犬はもっと飼い主の気持ちを察してお世辞を使うじゃないですか。でも猫は私がいなくちゃ生きていけないくせして、言うこと聞かなかったり私のことを無視したりするわけですよ。そこがかわいいんですよね。