住民の間では、シェルターの設置や有事想定の避難訓練をめぐってさまざまな議論がなされている。もっとも、シェルターを作ったとしても、約150万人の沖縄県民のうち何人が助かるのか。台湾に近い石垣市では、市民を島外へ避難させるのに10日近くかかり、しかも、航空機が400機以上必要だと推計されている。宮古島市もほぼ同様である。台湾有事が起こったとき、800機もの航空機を誰が飛ばすのか。自衛隊の元最高幹部らによる共著『君たち、中国に勝てるのか』(産経セレクト)では、航空自衛隊と海上自衛隊は有事になれば陸上自衛隊を南西諸島に運ばねばならず、先島諸島の住民避難もやらなければならず、一度に避難活動を実施するのは不可能と記載されている。避難計画はまったくの机上の空論である。
2022年末には、沖縄の地方紙、琉球新報社が、県内各自治体に対して避難に必要な輸送能力を把握しているかと質問をしたところ、把握ができていないと答えた自治体が6割を超えた。
つまり、有事が起きた際には、逃げ道などないということである。先に述べた自衛隊元最高幹部の書籍に、国民保護にも「自助・共助・公助」と書かれているのに私はあっけにとられた。日本政府は、避けられる戦争を自ら招いておいて、国民に「自分の身は自分で守れ」と言うのだろうか、と。
この春に陸自の駐屯地が開設される石垣島では、敵基地攻撃能力を持つ長射程ミサイルの配備は到底容認できないという意見書が市議会で可決されている。南西諸島では、人口流出への懸念なども相まって自衛隊の駐留に賛成した保守派の人たちの間でも、攻撃能力を持つミサイル配備に対しては疑問の声が広がっている。
危険なのは、沖縄だけではない。米軍が台湾有事に出撃する場合、嘉手納・普天間といった沖縄の基地からだけではなく、三沢(青森)、横田(東京)、横須賀(神奈川)、岩国(山口)、佐世保(長崎)といった米軍基地からも米軍は出撃していくだろう。そうすれば、本土の基地も相手国からの反撃対象となる。さらには、自衛隊の出撃も検討され、米軍や自衛隊による民間の港湾や空港の使用も視野に入ってきているとなれば、全国にある自衛隊の基地、そして、民間の港や飛行場も反撃のターゲットとなっていく。近隣住民への被害も避けられないだろう。これはけっして沖縄だけの問題ではないのである。
中国に経済制裁をする覚悟が日本にあるのか
経済的な被害が一切日本で語られていないことも、政府による相当な情報操作である。
2022年、ドイツ政権与党の安保担当の国会議員から「中国に対する経済制裁について、日本ではどのような議論をしているのか」と聞かれ、私は大変戸惑った。中国に対する経済制裁など、日本ではまったく議論がされていないが、もし台湾有事が起きるとしたら、有事発生以前から西側諸国は中国に対して経済制裁をするだろう。日本は貿易がなければ生活が成り立たない国であり、対中貿易は貿易全体の約4分の1を占めている。
アメリカで叫ばれる中国とのデカップリング(経済の切り離し)に倣(なら)い、日本でもデカップリングが唱えられるが、簡単ではないとの空気感が経済界に広がっている。実に、中国とのデカップリングを主導するアメリカですら、2022年の対中貿易額は過去最高となっている。
そもそも、安保三文書を読んでいると、停滞の一途をたどる日本経済についての現状認識がみじんも感じられない。もし台湾有事の前に、中国に経済制裁をするとなったら、中国製の製品が日本の市場からなくなることになる。中国製の製品が一切なくて日本では何を作ることができるのだろう。ましてや、もし台湾有事が起きたら、全国民の生活が、経済的に決定的に破壊される。
このような国民一人一人への影響をまったく語らないまま行われた安保政策の大転換は、大きな欺瞞であると言わざるを得ない。しかし、日本は、台湾有事に巻き込まれることさえ避けられれば、自衛隊も私たち民間人も戦争の被害に遭うことはないのである。
台湾有事を起こさせない
このように国民が戦争で命を落とすこともなく、壊滅的な経済状況の中の困難な生活を強いられることもないようにするためには、「台湾有事を起こさせない」、これに尽きる。
では、「戦争を回避」するために、どのような外交を展開するべきか。
まず、中国に対しては、その武力行使の動機が台湾の独立にあることから、台湾の分離独立に日本も反対し、中国による戦争の動機を低減していくことが必要である。緊張を緩和するためには、相手に対して安心を提供する「安心供与」が必要だ。台湾の人々にも即時独立を唱える人は少ないので、この政策は台湾の人々にも寄り添うものである。
また、中国に対しては、台湾への安直な武力行使が、ロシアのウクライナ侵攻同様に世界中から反発を受けて、貿易立国である中国の経済が決定的に崩壊するということを説明し、武力行使は得策ではない旨、自制を求めるべく説得していく必要がある。
さらには、中国もアメリカも巻き込んだ経済的対話の枠組みを作るような、日本ならではの緊張緩和に向けた働きかけがとても重要である。
次に、台湾に対しては、「国家」としての公的関係を深めると中国を刺激することになるため、民間レベルの交流に留めつつ、しかし、その民間交流を深めていく必要がある。台湾政府に対して、分離独立の姿勢を取らないように働きかけることも必要となる。
米軍基地使用の事前協議で曖昧(あいまい)戦略を
そして、対米外交である。現在アメリカは、台湾への政府高官の訪問、武器の提供など、中国を刺激するような政策を取り続けている。これについて、日本は、過度に挑発的な行為をすべきでないと要求すべきである。
対米外交では、台湾有事における在日米軍基地の使用について、場合によっては日本は事前協議で「NO」と言う可能性を、今の時点から何らかの形で示しておくことが重要なカギとなる。
前述のとおり、米軍にとって、在日米軍基地の使用は台湾有事で中国に勝つための条件であると言われている。他方、在日米軍基地から米軍が他国の紛争に出撃する場合には、日本政府と事前協議を行うということが日米間の交換公文により定められている。今の時点から、アメリカに対し、「事前協議では必ずしも日本はYESと言わないかもしれない」と伝え、あえて態度を曖昧にしておくのがよいだろう。
事前協議については、日本は日本側の許可が必要だと解釈しているが、アメリカは日本に伝達するだけでいいと考えており、この差異が早く解消されなくてはならない、と先に述べたCSISの戦争シミュレーションでも指摘されている。この通り、在日米軍基地使用についての事前協議はアメリカでも関心が寄せられている点であり、日本政府が率先して「台湾有事では、日本国民の命が危なくなるので、必ずしも在日米軍基地からの直接出撃は認めない」と伝えられれば、アメリカの行動は慎重なものへと変化するだろう。
これに対しては、「日本政府はアメリカべったりでそんなこと言えるわけないじゃないか」との声が聞こえてくる。だからこそ、平時の今からこの「曖昧戦略」をアメリカに伝えるよう日本政府を促す声を、国会内外で広げることが極めて重要である。
台湾有事は不可避ではない。日本政府に求められているのは、軍事力強化一辺倒ではなく、中国にもアメリカにも緊張緩和を求めるための外交力である。