NDでは13年より、外交・防衛の専門家らによる研究会を開催し、在沖米海兵隊の軍事的な役割や「抑止力」の実態について分析・研究を行ってきた。16年に入って正式に立ち上げた「辺野古オルタナティブ・プロジェクト」では、毎月のように研究会を開催し、提言のドラフトを手にワシントンでの聞き取り調査も行った。プロジェクトメンバーは、柳澤協二(元内閣官房副長官補)、屋良朝博(元沖縄タイムス論説委員)、半田滋(東京新聞論説兼編集委員)、佐道明広(中京大学総合政策学部教授)である。
沖縄の名護市辺野古では徐々に基地建設工事が進められている。沖縄の人々は強く反対し続けており、沖縄県は、7月中旬を目処に工事の差し止め訴訟を提起するとしている。しかし、日本政府が現在の方針を変える様子はない。
日米政府はこの問題については「辺野古が唯一の解決策」としている。今回の提言は、その一番の読み手を、アメリカの政府関係者、軍関係者、研究者など、アメリカの防衛・軍事の専門家に据えており、「辺野古が唯一の選択肢」という説明が軍事・安全保障の観点から見て正しいのか、他に方策はないのか、を問う試みである。
軍事的な視点からの提言の必要性
なぜこのような軍事・防衛の視点に基づいた提言書を作ることにしたのか。私のモチベーションは、NDのワシントンでの米政府、米議会等に対するロビイングの経験に基づいている。NDは、従来の外交に反映されてこなかった声を外交に届けるため、政策提言を行い、国内はもとより、各国政府、議会、メディアなどへ直接働きかける「新しい外交」を推進するシンクタンクである(13年設立)。今回の報告書に代表されるような具体的提言活動を行い、アメリカ政府・議会関係者に提案するなどしている。
沖縄を初めとする日本の国会議員や地方自治体等の訪米行動を企画・実施してきており、稲嶺進名護市長の訪米活動や、翁長雄志沖縄県知事に随行する沖縄訪米団の企画同行を担当してきた。
ワシントンでロビイングを行うたびに様々なことを実感するが、そのうちの一つが、「ワシントンで基地問題を訴える場合には、軍事的観点から説明しなければならない」というものである。
アメリカにおいて外交政策に関わる人々は、この問題をほぼ例外なく「中国や北朝鮮に対する抑止力」「米軍事戦略全体における在沖海兵隊の役割」といった軍事的観点から捉えている。
沖縄の米軍基地は、多くの点からの問題をはらんでおり、環境や人権、平等や民主主義といった視点から基地建設反対を訴えることは極めて重要である。しかし、ワシントンの政策決定権者との会話においては、それのみでは話が進まない場面に頻繁にでくわす。「台頭する中国からはどのようにして安全を保つのか」「北朝鮮は?」といった質問により会話が遮られてしまう。
「あなたたちが反対する理由はわかった。それで、どうすればいいのか」というワシントンで繰り返し投げかけられる質問に回答を提示したい、そしてアメリカの政策決定権者を動かし、東京にインパクトを与えたい。これが、私自身が本報告書作りに関わることとなった動機である。
現状分析:沖縄に駐留しなくとも任務遂行が可能な在沖海兵隊
プロジェクトチームは、まず、沖縄の海兵隊はどのような役割を担い、どのような運用がなされているのか、また、現在予定されている米軍再編を経て、どのような変化が予定されているのかという現状分析を行った。日米両政府の現在の計画においては、海兵隊の主力(第4海兵連隊・第12海兵連隊)はグアムやその他国外に移転すると予定されている。その移転の後、沖縄には、第3海兵遠征軍(3MEF)などの司令部機能と普天間の航空部隊を含む第31海兵遠征隊(31MEU)のみが残留することになっている。
現在、31MEUは、米本土から6カ月の期間で交替配備され、東南アジア諸国を巡回しながらの人道支援・災害救援活動(Humanitarian Assistance/Disaster Relief:HA/DR)のための共同訓練を主任務としている。しかし、彼らは沖縄からの移動手段を持たず、遠く離れた長崎県佐世保の米軍基地に所在する米海軍の揚陸艦が沖縄まで来て、それに乗り込み、そこから東南アジア諸国に向かっている。
31MEUは、現在の運用では沖縄に配備されている間も実は東南アジアを巡回しており、沖縄には訓練と休養のために滞在するにすぎず、その滞在期間は平均して1年の3分の1に満たない。
これが米軍再編を踏まえた沖縄の海兵隊の運用の現状である。
研究会は、この現状を分析し、31MEUの任務遂行に必要なのは、佐世保からやってくる揚陸艦とスムーズに合流して東南アジアなどの目的地に迅速に向かうことができる「運用」の確保であるとの議論となった。31MEUが、米本土やハワイ、グアム、あるいはオーストラリアにいたとしても、適切な輸送手段さえあれば支障は生じない。したがって、海兵隊の実際の運用からは、31MEUの駐留先は沖縄でなくてよいという結論が導き出された。
海兵隊の運用実態は、日本ではあまりに知られていない。
「沖縄に基地を置き、紛争現場への迅速な展開を」という意見がある。しかし、31MEUは佐世保から来る揚陸艦を待って現場に向かっているのが現実である。
「抑止力の観点から、海兵隊は沖縄にいなければならない」との意見もある。しかし、米軍再編の後も沖縄に残るとされる実戦部隊の31MEUは、すでに一年の3分の1程度しか沖縄にいないのである。
そもそも、沖縄に残る唯一の実戦部隊と予定される31MEUは約2000人にすぎない部隊であり、彼らのために辺野古に基地が建設されようとしている、という現実も日本ではあまりに知られていない。
条件整備:いかにすれば辺野古基地建設中止は可能になるか
研究会では、これらの不合理な事実を確認した上で、31MEUの駐留先は沖縄外でよい、すなわち、辺野古基地建設の中止を前提に、それにより生じうる課題を一つ一つ他の方法で解決しようと試みた。31MEUの沖縄外への移転により、海兵隊の移動距離が長くなることを補うためには、高速輸送船などを日本が提供するという方法もある。この提供費用は、大規模な新基地建設に比べればはるかに少ない金額である。さらに、移転先で施設の整備が必要であれば、現在日本政府が支出をしている施設整備費から支出することも考えられる。
また、この沖縄からの海兵隊移転を「積極的変化」と位置づけなければ、アメリカの政策決定権者に対しては説得力を持ちにくい。この問題をクリアするために、提言は、次のようにまとめている。31MEUの平時任務である人道支援・災害救援活動(HA/DR)に関して、自衛隊もすでに多くの経験があり高度な能力を持っているので、東アジアのHA/DRについて米軍と共に自衛隊のその能力を活用することによって、この地域の安全保障環境の改善に寄与することが可能である、と。
疑問への回答:事態拡大への実効的な抑止の担保
軍事的な議論をギリギリと突き進めていくと、「海兵隊が沖縄から撤退すれば、中国に誤ったメッセージを与える」という意見に行きつくことが多い。しかし、日中間における領有権争いについてのアメリカの姿勢は「外交手段を優先する」というものである。海兵隊の抑止機能を必要以上に強調することは、中国のみならずこの地域の国々に「アメリカが第三国の領土紛争に海兵隊を必ず投入する」という誤ったメッセージを与え、さらに緊張を高めるおそれがある、と提言はまとめる。さらに、研究会の議論においては、「逆に、アメリカが必ず守ってくれるという“誤ったメッセージ”を日本に広めてしまうだろう」という意見すら出されていた。
研究会では、日本が直接他国に攻撃されるといった場面についても議論した。そのような事態に備える必要性があるならば、大規模紛争で必要となる兵力は、沖縄に残る31MEU (2000人規模)をはるかに上回る兵力である。そもそも、本来、米海兵隊の抑止力とは、島嶼をめぐる限定的な紛争に備えるものではなく、むしろ事態が拡大して本格的な侵略に至るような事態に備えるためのものである。
提言はこの点を汲み、重要なのは31MEUが沖縄に駐留し続けることではなく、「大規模な増援部隊が戦闘に参加する用意があること」を示しておくこととしている。装備の事前集積と輸送手段の改善など、有事の際に来援する基盤を日本国内あるいはその周辺に維持し、それによってアメリカの意志を示すことが重要である、と紛争対応についての疑問に答えている。