『寝そべり主義者宣言』
そんな怪しい文書が日本国内でひっそりと流通している。
この連載の「『競争、疲れた……』中国・寝そべり族出現について、日本の『だめ連』に聞く」で書いた中国「寝そべり族」の文書である。
「寝そべり族」とは、競争の激しい中国で2021年くらいから注目され始めたムーブメント。結婚せず子どももマンションも車も持たずなるべく消費せず、最低限の暮らしをするというものである。そんな若者たちが「寝そべり族」と呼ばれて人気になり、中国当局を不安にさせているのだ。
そんな寝そべり族、誰がいつ、どのように始めたかなどすべては謎に包まれているのだが、最近、中国のとある地方で『躺平主义者宣言』という文書が発表され、中国各地で印刷されてばらまかれ始めたのだという(ちなみに誰が書いたか不明というからシビれる)。それを入手した日本の松本哉(はじめ)氏が、台湾の友人に翻訳を依頼。そうして完成した日本語訳の『寝そべり主義者宣言』(翻訳:RYU、細谷悠生 解説と序文:松本哉 寄稿:神長恒一)が今年1月以降、ゲリラ的に日本各地にばらまかれ始めたというわけだ。
ちなみに最初の1カ月ほどは、松本哉氏が出没した場所や納品した店でしか買えないという、SNS時代にあるまじき流通の仕方をしていた。ちなみに松本哉氏とは、リサイクルショップ「素人の乱」店主という肩書きを持っているがそれは世を忍ぶ仮の姿。1974年生まれの彼は大学時代に「法政の貧乏くささを守る会」でこたつ闘争などを繰り広げ、その後、「貧乏人大反乱集団」を結成。文字通り貧乏人で大反乱を繰り返し、3.11東日本大震災直後には「原発やめろデモ!!!!!」を主催。1万5000人が集まったこのデモは、その後全国に広がった脱原発デモの起爆剤となったと言われている。そうしてここ数年は中国や台湾、香港、韓国などアジアのアンダーグラウンド界隈の人々との繋がりを作ってきた。そんなことから『寝そべり主義者宣言』の原文を、おそらく日本でもっとも早く入手できたのである。
そんな文書に何が書かれているか書く前に、なぜ、中国で「寝そべり族」が生まれたのか、そこに焦点を当ててみたい。
一言で言えば、中国のグロテスクなほどの格差社会が原因だ。
そんな現代中国の格差を表すSF小説があるというので読んでみた。タイトルは『折りたたみ北京』。2014年に出版され、中国でベストセラーになったという(日本でも翻訳され、早川書房から『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』の邦題で出ている)。
主人公は48歳、独身でごみ処理施設で働く老刀(ラオ・ダオ)。彼の住む北京は貧富の差により3層のスペースに分類され、24時間ごとに世界が回転・交替するという奇想天外な設定だ。が、リアルなのは第一スペース、第二スペース、第三スペースと層ごとに違う階層の描写。主人公の住む第三スペースには5000万人が暮らし、うち2000万人はごみ処理施設従業員。腐臭の中で働き、過密状態の汚い屋台で粗末な食事をして寝るだけの日々。第三スペースは常に喧騒に溢れ、金を巡って誰かがいつも喧嘩している。主人公の月収は1万元。
かたや第二スペースには2500万人が住み、学生インターンでも月収は10万元。清潔で余裕のある暮らしぶりだ。
第一スペースには500万人が住み、さらに豊かで快適な暮らしを享受している。半日勤務する女性の1週間の給料は10万元。すれ違う女性たちはファッションショーの出演者のようだ。
そんな第一スペースに主人公が手紙を届けに行くというところから物語は始まる。当然、第三スペースの人間が第一スペースに行くことは禁じられている。身なりも何もかもが違う上、主人公は自らから腐臭がするのではないかとしきりに心配する。しかし、成功すれば20万元が手に入る。
そんな『折りたたみ北京』を知ったのは、ジャーナリスト・中島恵氏の「北京のコロナ感染者の詳細すぎる情報に驚愕! 有名SF小説『折りたたみ北京』に酷似と中国で話題に」(yahooニュース個人、2020年1月21日)という記事だ。
記事によると、今年1月、北京で新型コロナに感染した2人の行動履歴が「まるで『折りたたみ北京』!」と話題になったというのである。
1人はエリート銀行員の女性。もう1人は出稼ぎ労働者の男性。公表されたのはそれぞれが過去2週間に訪れた場所や勤務先などだが、それを見ると、女性の方は有名店でランチをしたりブランド品を買ったり週末はスキー場に行ったりと、誰もが羨む優雅な生活をしているのがわかる。一方、男性は連日のように深夜から翌朝まで工事現場などで作業。働く場所は毎日変わっているようで、14日間連続勤務もある。宿泊は粗末な簡易宿泊所のようだ。