今回、書類送検された女性と私は同じ年である。今から22年前と言えば、24歳。当時の私はキャバクラ嬢で、もし、この頃に妊娠したとしたら、親だけでなく、親族一同、激怒したと思う。もう立ち直れないくらいにひどいことを言われて存在そのものを否定され、呆れ果てた親族たちに「一族の恥」という扱いを受けただろうという確信がある。だからこそ、もしそんなことがあっても「助けて」なんて絶対に言えないと思っていた。隠すしかないと思ってた。「助けて」と言って助けてくれるような関係性を、私はあの頃、一つも持っていなかった。若く無知で貧しい頃こそそれは必要なのに、そんな私に親族も世間もびっくりするほど冷たかった。フリーターで「若い女」だった私は、それだけで「お荷物」のような扱いを受けていた。
悲しい事件が起きるたびに、想像する。
もし、相手の男がDNA鑑定で特定されて名前や顔が出るという法律ができたら、と。そうなれば、報道の扱いも随分変わるだろう。
「このような悲しい事態になってしまいましたが、おそらく男性側にも事情が……」などとまず「男の事情」が慮られて、そのついでに「女性の事情」にもやっと想像が及ぶはずだ。そうして今のように全国に顔や名前を晒されることもなくなるのではないか。
さて、ここで書いておきたいのは、このような悲劇をなくす方法はいくらでもあるということだ。
まずは緊急避妊薬。
性交渉から72時間以内に飲めば、高い確率で妊娠を防げる緊急避妊薬だが、日本では現在、病院を受診するかオンラインで診察を受け、処方箋がないと手に入らない。が、年末年始などで病院が休みだったり、近くに病院がない場合もあるだろう。使い勝手の悪さに非常に問題があるのだが、この緊急避妊薬、世界90カ国では薬局で手軽に買うことができるのだ。
「もしかして、妊娠したかも」
そう思った時、薬局で薬が手に入れば、まずは「望まない妊娠」を回避できる。
例えば高校生だったら、保険証を使って病院に行くことに「親バレするかも」と抵抗があるかもしれない。一方、困窮状態にある女性が妊娠した場合、保険証もお金もないというケースは少なくない。そうなると中絶費用も用意できず、結果的に新生児殺害が起きてしまうこともある。そのような悲劇も、緊急避妊薬が手軽に安く手に入ればあらかじめ防げるのだ。
が、お金があっても中絶にたどり着けない場合もある。20年6月、20歳の専門学校生が出産したばかりの赤ちゃんを遺棄したとして起訴されたのだが、この女性は相手の男性から中絶の同意書にサインがもらえず、複数の医療機関で中絶手術を断られた末に出産していた。法的には、相手の同意は必要ないという。それなのにいくつもの医療機関からそれを求められたら、手術できる病院を探しているうちに中絶可能な期間を過ぎてしまうことだってあるだろう。
ちなみに中絶の際、「配偶者の同意」が必要とされているのは、日本やインドネシア、サウジアラビアなど11カ国しかないという(NHK NEWS WEB特集「“戦後まもなくから変わらない”日本の中絶」)。
さて、その「中絶」にしても問題だらけだ。
日本では「掻爬(そうは)法」という「かき出す中絶」が主流で、現在、他の方法との併用も合わせて6割以上が掻爬法だというが、この方法は危険とされて多くの国ですでに消え、WHO(世界保健機関)も「時代遅れでやめるべき」としている。
産婦人科医の遠見才希子(えんみさきこ)氏は、タイで開催された国際会議で海外の参加者たちから言われた言葉を紹介している。
〈「日本は先進国なのになぜ、中絶が合法なのになぜ、女性に懲罰的な掻爬法を罰金のような高額でいまだに行っているんだ。なぜ安全な経口中絶薬を認めていないんだ」〉(PRESIDENT Online「未だに『かき出す中絶』が行われている日本の謎」)。
この言葉を初めて見た時の衝撃は忘れない。日本で「当たり前」とされてきた中絶方法は、世界基準でみると「懲罰的」なのだ。また、緊急避妊薬が薬局で買えないだけでなく、経口中絶薬は日本でそもそも認可すらされていない。手術をするのではなく、薬を飲むだけで中絶ができる経口中絶薬は世界70カ国で承認され、WHOも安全な方法として推奨しているのに、である。現在、日本で中絶手術をすると10万〜20万円かかるが、海外での経口中絶薬は430〜1300円。これでどれほどの悲劇が防げるだろう(NHK NEWS WEB「経口中絶薬 年内めど承認申請へ “治験で有効性 安全性確認”」)。
緊急避妊薬が薬局で買えないことも、経口中絶薬が認可されないことも、私には地続きの問題に見える。それはやはり、この国の意思決定の場に圧倒的に多いのが男性ということだろう。どちらも選択肢にある国々の姿勢からは「女性の心と身体を守ろう」という意識が見えるのに対して、懲罰的な手術が温存されているこの国のスタンスからは、「女の安易な中絶を防ごう」みたいな思惑ばかりちらつくのだ。
それだけではない。常に背後に「女の身体」を支配し、時に罰するのを当然視する家父長制もちらつく。
現在、緊急避妊薬の市販薬化については、厚生労働省でやっと本格的な議論が始まった。
一方、経口中絶薬も年内をめどに承認申請がなされる見通しだという。
「女の身体」のことを決めるのは、他でもない、女性たち自身だ。
そんな当たり前が、一刻も早く実現してほしい。
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*避妊や中絶の現状について詳しく知りたいかたは、遠見才希子医師に取材した記事をご覧ください(編集部)
・「避妊の基礎知識を知ろう」
・「中絶の基礎知識を知ろう~日本と海外でこんなに違う!『安全な中絶』は女性の権利」