2016年4月、九州の熊本・大分県で大きな地震が発生した。このエッセーを書いているのは、最初の「前震」から12日後だ。テレビを見ていたら、避難所に「間仕切り」が作られ、「やっとゆっくり眠れた」「やっとプライバシーが保てる」という被災者の声が紹介されていた。
その声を聞いて、ほっと胸をなで下ろした。
間仕切り。だだっ広い体育館などに避難している人の、生活空間を区切るものだ。段ボールでもいいし、カーテンのようなものでもいい。布1枚、段ボール1枚だとしても、プライバシーが保たれる空間があるということは、どれほど人の心に余裕を生むだろう。仕切りがあれば、寝顔をさらさなくてすむ。着替えもできる。赤ちゃんに授乳する時に、人目を気にしなくていい。
さて、今回は「災害と女子」について考えたい。
2011年3月11日の東日本大震災から、5年が経って起きた今回の地震。この地震を機に、噴出してきたことがある。それは「東日本大震災の時は、避難所でこんなことがあってとても困った。今回はその教訓を生かしてほしい」という声だ。
まず話題になったのが生理用品。5年前の震災時、避難所に届けられた生理用品を「こんな時に不謹慎」と受け取らなかった避難所があるという話がネット上で拡散された。受け取らなかったとされるのは、当時、避難所を仕切っていた年配の男性だという。私には、この話の真偽を確かめる術はない。が、「さもありなん」という思いが込み上げてきた。
また、生理用品を求める声に対し、「だったらエロ本とコンドームも送れ」という男性の意見も出てきたりと、女性の生理に対する恐ろしいほどの無知も露呈された。
そんな諸々を見ていて、5年前の震災時、避難所でボランティアをしていた女性から聞いた話を思い出した。避難所には、多くの物資が日々届く。ある日、足りないものはないかと聞かれて「女性用下着」を頼んだという。そうして届いた物資を見て、彼女は驚いたそうだ。
段ボール箱に入っていたのは、「若い女性用の下着」のみ。当たり前だが、避難所には子どもからお年寄りまですべての世代がいる。また、やせている人もいれば太っている人もいる。が、届いたのはグラビアアイドル体形の女の子しか身につけられないような下着ばかり。「たぶん、送ったのは男性なんだろうなと思いました」と彼女はため息をついた。
おそらく、悪気はないのだ。それどころか、避難所に物資を送ってくれるほどの善意の持ち主なのだ。しかし、その人の頭の中には「女性用下着」=若い女の子の下着という発想しかなかった。おばさんやおばあちゃんもいることが、すっぽり抜けていた。その人の「女性観」が、あまりにもわかるエピソードである。
悪気のなさということでいえば、冒頭の「間仕切り」が使えなかったというケースもあった。東日本大震災から1年後、和光大学現代社会学科教授の竹信三恵子氏は「災害時の女性支援はなぜ必要なのか」と題して、以下のように書いている(日本弁護士連合会編「災害復興 東日本大震災後の日本社会の在り方を問う~女性こそ主役に!」2012年、日本加除出版)。
「初期は、間仕切りがない平土間の避難所で、着替えや授乳の場所がなく、取材陣が走り抜ける通路の脇で毛布をかぶって着替える女性もいた。政府に間仕切りを支給するよう求める動きが起こり、支給が始まったが、女性の声が抑え込まれた避難所内では積まれたままという例も少なくなかった。『避難所は家族、間仕切りを使うなんて水臭い』と男性リーダーが叱咤(しった)し、使わせてもらえなかったとの声も聞いた」
また竹信氏は、避難所で炊事を担当させられた女性たちの疲労が避難が長引くにつれ、たまっていったという問題にも触れている。
「1日3食を100人分つくり続け、リーダーに『疲れた』といったら『大変だな、それでは、かっぱえびせんですませよう』と言われた女性もいた。男性が交代するという発想がなかったのだ」
「水臭い」と間仕切りを使わせないオッサン。そして「炊事は女の仕事」と思い込んでいるオッサン。読みながら、怒りが込み上げてくるのを抑えられなかった。
それでも、彼らにはなんの悪気もないのだろう。家の中でやっていることをそのまま避難所でやっているだけなのだろう。平時だったら「家事は女がするもの」などという年配男性を「すごい昭和的価値観」と笑っていられるかもしれない。が、非常時に露呈する女性観は、このように女性を傷つけ、苦しめ、追いつめる。だからこそ、平時からジェンダー問題についてすべての人が学ぶべきなのだ。
一方で、思う。私たち(男性も含め)は普段から、このような男性に対して、「それはおかしい」ともっと意見を言うべきではないのかと。
意見することは面倒だし、傷つけられるし、キレられるし、女性の場合「そんなこといってるとモテないぞ」なんて嫌なことをいわれたりする。だけどたとえ相手が夫でも、恋人でも、兄弟でも、父親でも、親戚のオッサンでも、地域のリーダー的な人でも、政治家でも大金持ちでも目上の人でも、おかしいことにはおかしいといったほうが絶対にいいのだ。黙っていることは、上記のようなオッサンの大量生産に手を貸してしまうことと同義だ。今は特に実害がなくても、ゆくゆくそのオッサンは独断と偏見と無知ゆえに、社会に大迷惑をかけることになるだろう。
国際的な災害支援の世界では、女性への支援は、高齢者や障害者と並んで基本中の基本なのだという。地震大国であるこの国で、そんなことへの理解すら進んでいないことが恐ろしい。
さて、避難生活が長くなってくると洗濯なんかもするわけだが、「洗濯物を干す場所」への配慮も必要だ。誰だって、下着などは見られたくないものだ。
このように女性に対する支援は、本当に細かい部分への目配りが必要だ。
そんな支援について、詳しく知りたい人にお勧めしたいのが、東日本大震災女性支援ネットワークのホームページから無料ダウンロードできる「こんな支援が欲しかった! ~現場に学ぶ、女性と多様なニーズに配慮した災害支援事例集」だ。
災害が多いこの国で、すべての人が目を通しておくべき事例集だと思う。災害から自分の身を守ることも、もちろん重要だが、避難生活の中で多様なニーズがあることを知っていれば、誰かの「困った」という声に気づきやすくなる。自分だって困った時に、声を上げやすくなる。男性にも男性のニーズがあり、丁寧な支援が必要なことはいうまでもない。
今まさに熊本・大分では、多くの人が避難生活を続けている。それぞれの、ちょっとの配慮で避難生活が少しでも快適になることを願っている。
次回は6月2日(木)の予定です。
間仕切りから考える災害と女子
(作家、活動家)
2016/05/12