「桐島聡を名乗る男が末期ガンで入院している」
2024年1月25日、日本中を衝撃的なニュースが駆け抜けた。
桐島聡。東アジア反日武装戦線「さそり」のメンバーとして半世紀近く指名手配されていた男。黒縁メガネに長髪という1970年代スタイルで笑顔を見せる、手配書で唯一の陽キャ。あまりにも見つからないことから、多くの人に海外逃亡もしくは他界と思われていた男。令和に突如蘇りし、「政治の季節」の忘れ物。そんな男が約半世紀の潜伏期間を経て、自ら名乗り出たのである。死を目前にして。
結局、桐島は名乗り出た4日後に逝去。死後、「内田洋」という偽名を使い、神奈川県内の土木会社に約40年つとめていたことなどが明らかになった。また、飲み屋で歌い踊るパリピっぽい生前の映像が出回ったりもした。
名前を変え、保険証も身分を証明するものもなく、おそらく銀行口座なども作れず、この半世紀、どう過ごしてきたのだろう。まるで映画のような逃亡劇に、多くの人が想像力をかきたてられた。
そんな桐島の属していた東アジア反日武装戦線に、今、半世紀ぶりくらいに多くの人が関心を寄せている。
ちなみに70年代、東アジア反日武装戦線が連続企業爆破事件を起こしていたことから、桐島が名乗り出た際、ニュースには三菱重工爆破事件の映像が多く使われた。しかし、桐島はあの事件には関わっていない。
東アジア反日武装戦線には「狼」「さそり」「大地の牙」があり、桐島が属していたのは「さそり」。8人が亡くなり380人が重軽傷を負った三菱重工の事件は74年8月に起きており、「狼」の犯行。桐島容疑者は75年4月の韓国産業経済研究所爆破事件に関わったとして指名手配されていたのだが、こちらは死者、負傷者は出ていない(ちなみに名乗り出てからの桐島聡は、この事件への関与を否定したという)。
さて、約49年間逃亡していたということは、桐島聡は20歳そこそこから逃亡していたわけである。
それほどの若さにして、一体、彼らは何をしようとしていたのか。何を目指していたのか。今を生きる人々には全く理解不能だろう。
その動機を知る手がかりとなるものが今、私の手元にある。
それはかの有名な『腹腹時計』。いわゆる爆弾の作り方が書かれているという冊子である。
74年3月1日に発行されたこの冊子の奥付には〈編集 東アジア反日武装戦線“狼”兵士読本編纂委員会 発行 東アジア反日武装戦線“狼”情報部情宣局 印刷 東アジア反日武装戦線“狼”情報部印刷局〉とある。「潜在的同志諸君」に向けて書かれたこれは、桐島にとっておそらく人生を変えた一冊だろう。
そんなものを75年生まれ(まさに韓国産業経済研究所爆破事件が起きた年)の私がどうやって手に入れたのかと言えば、20代前半、師匠だった作家、見沢知廉氏(政治犯として獄中12年。出所後に作家デビュー。2005年、マンションから飛び降りて死亡)から頂いた。
が、私はその後、30歳くらいでこの貴重な冊子を手放そうとしている。なぜなら、当時の我が家にはその手の怪しげな冊子やビラが山のようにあり、それが生活空間を圧迫。
「こんなものにばかり囲まれているから人生うまくいかないしサブカルクソ女から脱却できないしロフトプラスワンから這い上がれないんだ!」と一念発起。その手のもの――具体的には東アジア反日武装戦線関連のものや各種右翼左翼のチラシや機関紙、北朝鮮関連、奥崎謙三関連のものなど――を大量処分。
私はこれを、その後何度も後悔することになる。断捨離には、やっていい断捨離といけない断捨離があり、私は捨ててはいけないものを捨ててしまったのだ。
そんなことからすでに私の手元に「腹腹時計」はないと思い込んでいたのだが、桐島聡死去を受けて「やっぱあれだけは残したかも」と本棚等を漁ったところ、発掘されたではないか。
ということで、桐島聡に大きな影響を与えた『腹腹時計』を読むことで、半世紀前の若者が何を目指していたかを考察したい。
一般的には「爆弾の作り方マニュアル」として知られる『腹腹時計』だが、サブタイトルっぽい場所には〈都市ゲリラ兵士の読本 VOL.1〉と書かれている。その言葉通り、都市ゲリラの「心得」「マニュアル」についても多くページが割かれている。
が、その前に、彼らの問題意識を確認しよう。
冊子の「はじめに」には、〈さて、以下に東アジア反日武装戦線“狼”はいくつかの問題を提起し、日帝打倒を志す同志諸君と、その確認を共有したいと思う〉とあり、以下のように続く。ちなみに「日帝」とは、日本帝国主義。
〈1 日帝は、36年間に及ぶ朝鮮の侵略、植民地支配を始めとして、台湾、中国大陸、東南アジア等も侵略、支配し、「国内」植民地として、アイヌ・モシリ、沖縄を同化、吸収してきた。われわれはその日本帝国主義者の子孫であり、敗戦後開始された日帝の新植民地主義侵略、支配を、許容、黙認し、旧日本帝国主義者の官僚群、資本家共を再び生き返らせた帝国主義本国人である。これは厳然たる事実であり、すべての問題はこの確認より始めなくてはならない〉
〈2 日帝は、その「繁栄と成長」の主要な源泉を、植民地人民の血と累々たる屍の上に求め、更なる収奪と犠牲を強制している。そうであるが故に、帝国主義本国人であるわれわれは、「平和で安全で豊かな小市民生活」を保障されているのだ。
日帝本国に於ける労働者の「闘い」=賃上げ、待遇改善要求などは、植民地人民からの更なる収奪、犠牲を要求し、日帝を強化、補足する反革命労働運動である(以下略)〉