知人の女性が深刻な顔で話し始めた。夫との関係は良好なのだが、嫁ぎ先が旧家で厳しいしきたりがあり、舅や姑との間もうまくいかず、とうとう「出て行け!」とまで言われてしまったという。理不尽なやり方に実家に戻ってしまったという彼女。夫との間なら何とか修復できるが、家の事情となるとどうにもならないようで、「私は悪くないのに…」と嘆くばかりだった。
「カントリーリスク」にも、似たような要素がある。家を「国家」と考えると、相手の家を訪問するのが「輸出」、相手の訪問を受けるのが「輸入」だ。単純な貿易の他に、現地で工場を建設することもある。訪問するだけではなく、相手の家に住み始めて、さらに深い関係を築くというわけだ。
これらの企業活動は、相手国のビジネスパートナーとの信頼関係によって構築される。ところが、場合によっては国家レベルの問題が、ビジネスに影響を与えることがある。これが「カントリーリスク」だ。夫との関係は良好なのに、嫁ぎ先の家に発生した問題が、夫婦の関係を危うくしてしまうというわけだ。
カントリーリスクにはいくつかの種類があるが、しばしば発生するのが、相手国の経済的な危機である。
通貨が暴落したり、銀行に取り付け騒ぎが起きたり、国が借金の返済不能に陥るなど、国家レベルの経済的なトラブルが発生することがある。この場合、個々の企業のビジネスパートナーの経営に問題がなくても、結果的にビジネスが行きづまってしまう。嫁ぎ先の家が破産し、夫婦の生活が成り立たなくなるというわけだ。
さらに深刻なのが、政治体制の崩壊など、国家レベルの大変革が発生した場合だ。クーデターで政権が崩壊するような事態が起これば国内が大混乱、ビジネスどころではなくなり、撤退を余儀なくされる。嫁ぎ先で「お家騒動」が勃発、それに巻き込まれて生活を共にできる状況ではなくなるというわけだ。
世界各地でビジネスを展開してきた日本企業は、これまでも様々なカントリーリスクに見舞われてきた。
古くは、三井物産がイランで展開していたプロジェクト、IJPC(イラン・ジャパン石油化学)があげられる。1970年代に、イランの石油コンビナート建設に多額の投資をしていた三井物産だったが、80年に始まったイラン・イラク戦争で撤退を余儀なくされ、企業の存亡にかかわる事態に発展したのだ。
近年では、急発展している中国におけるカントリーリスクが指摘されている。近代化され始めたとはいえ、中国は特殊な経済システムと政治システムを持っている国だ。したがって、一つ間違えば予想を超えたリスクが発生、ビジネスが根こそぎ崩壊し、巨額の損失につながる恐れがある。
知人の女性は、結局夫の家に戻ることなく離婚してしまった。夫を本当に愛してはいたが、旧家の厳しいしきたりという「カントリーリスク」には思いが及ばず、残念な結果になってしまったのだ。
カントリーリスクは、個々の企業では防ぎきれないリスクである。しかし、これを十分に考慮せず、個々のビジネスパートナーとの関係が良好であるという理由だけで、ビジネスを進めることは極めて危険だ。
国際情勢が激動する現在、カントリーリスクをしっかりと認識できなければ、企業の存亡にかかわる事態に発展する恐れがあるのである。