サッカーの起源は、中世イギリスの「モブフットボール」にあるという。豚の膀胱(ぼうこう)を使ったボールを、相手陣地に持ち込むという地域対抗の催しだったが、明確なルールはなく、殴り合いでけが人が続出したため、禁止令が出される事態になる。そこで、「手を使ってはならない」というルールが定められ、これが現代のサッカーに受け継がれた。危険なプレーにはレッドカードが出されるなど、ルール違反が厳しく裁かれるのは、これを見逃せば乱暴なモブフットボールに逆戻りしてしまうという考えが根底にあるからなのだろう。
ところが、世界経済ではモブフットボールが始まろうとしている。「貿易戦争」だ。貿易戦争は自国の利益を優先するために自由貿易のルールが破られて、報復合戦に発展すること。貿易は二つの国が、輸出という「得点」を取り合うサッカーのようなもので、貿易収支はそのスコアとなる。輸入という「失点」以上に輸出できれば貿易黒字、輸入が輸出より多ければ貿易赤字となるが、試合が劣勢になると、ルール違反を犯す国が出てくる。これが罰せられなければ、相手国も同様の行為で対抗、ついにはルール違反が横行する貿易戦争へと発展するわけだ。
ルール違反の典型が、関税引き上げで、これによって輸入品の価格が上昇して輸入が減る。関税引き上げは自国のゴールを小さく改造するようなもので、相手は輸出という得点を上げにくくなる。また、厳しい条件を課して輸入を減らそうとする非関税障壁は、足を掛けて相手を倒すようなもの。こうした行為が放置されると、相手国も報復措置に出ることから、貿易戦争という乱闘が始まってしまうのだ。
貿易戦争はどちらの国にも利益をもたらさない。サッカーが楽しいのは、お互いにルールを守り、正々堂々と戦うから。乱闘になれば、けが人が出るだけでなく、ゲームの面白さも失われる。貿易戦争は経済活動を鈍化させたり、輸入価格の高騰が生活を圧迫したりと、多くの問題を引き起こし、経済を閉塞(へいそく)状態に陥れてしまう。その典型が1930年代の世界経済だった。大恐慌に苦しむアメリカが、関税の大幅引き上げを実施したため、他国が報復措置に出た。ゴールが小さくなったことで全く点数が入らなくなり、貿易というサッカーは面白さを失う。全世界の貿易量はピーク時の半分にまで激減、各国の苛立ちが高まる中で、ついには殴り合いが始まった。貿易戦争が第二次世界大戦という「本物の戦争」になったのであった。
この教訓から、自由貿易協定の制定やWTO(世界貿易機関)の創設、TPP(環太平洋経済連携協定)など、戦後の世界経済では、自由貿易を維持し、貿易戦争を回避するための試みが続けられてきた。こうした中で、堂々とルール違反を始めたのがアメリカのドナルド・トランプ大統領だ。膨大な貿易赤字を計上して劣勢にあるアメリカはTPPからの離脱を表明し、関税の大幅引き上げを断行した。これに対抗すべく、相手国も報復措置を発動、世界経済は貿易戦争の様相を強めている。
「ルールを守りましょう!」と、世界の国々が訴えているものの、トランプ大統領は聞く耳を持たない。自由貿易というサッカーは、乱暴なモブフットボールという貿易戦争に逆戻りしてしまうのか? 世界経済は大きな岐路に立たされている。
貿易戦争
[Trade War]