経済学にも怪しげな理論が登場することがある。「ブードゥー経済学」、民間信仰のブードゥー教に由来した名前だ。西アフリカやハイチで広がっていたブードゥー教は、黒人奴隷によってアメリカにもたらされ、生け贄の儀式など、その呪術的な性格から怪しげなものの代名詞となっている。これを経済学に当てはめたのが、ジョージ・H・W・ブッシュ(第41代大統領)で、1980年のアメリカ大統領選挙で共和党の大統領候補を争ったロナルド・レーガンの経済政策を批判するために使ったのが始まりだ。レーガンの経済政策は「減税すれば、税収が増える」という摩訶不思議なもので、ブッシュはこれをブードゥー経済学と呼んで批判した。
レーガンの経済政策は、経済学者アーサー・ラッファーの理論に基づいていた。ラッファーは、「税率が高いと勤労意欲が低下して税収減になるため、税率を下げたほうが税収増につながる」、「減税すれば投資が促進され、景気がよくなって税収が増える」などと主張した。ラッファーの理論は根拠に乏しく、経済学界では無視されていたのだが、言葉巧みに売り込んだところ、経済に疎いレーガンが信じ込んでしまった。
「減税で税収が増える」という魔法のような経済政策は国民を魅了し、予備選でブッシュを、本選でも現職のジミー・カーター大統領を破ったレーガンは、「レーガノミクス」として実行に移した。ブードゥー経済学にのめり込んでいったレーガンとアメリカ国民だったが、その結果は惨憺(さんたん)たるものになる。減税によって税収は激減して財政赤字が膨張、貿易赤字と合わせた「双子の赤字」がアメリカ経済を苦しめた。また、富裕層ほど減税幅を拡大させたために、貧富の差も拡大してしまったのだ。
ブードゥー経済学は、新しい政権が誕生する際に登場することが多い。新しいリーダーは、従来型の政策を否定する場合が多く、革新的な経済理論と結びつきやすい。しかし、その多くは根拠に乏しかったり、机上の空論だったりして、思ったような効果を上げないばかりか、状況を悪化させることもある。期待を持って迎えられていたアベノミクスも思うような効果を得られず、「ブードゥー経済学だったのでは?」と揶揄(やゆ)され始めているのである。
しかし、ケインズの経済政策も、発表当初は異端視されていて、ブードゥー経済学という言葉があれば、そう呼ばれていただろう。2016年11月9日、ドナルド・トランプがアメリカの次期大統領に決まった直後こそ、「ブードゥー経済学を打ち出すのでは?」との懸念から株式市場が急落したが、その後は期待感から急反発している。過激な思想を持つトランプの経済政策「トランプノミクス」は、ブードゥー経済学になるのか、強いアメリカをもたらす画期的なものになるのか? 世界の注目が集まっている。