こうした怪しげな取引が、株式市場で頻発している。「増資インサイダー取引」、増資の情報を利用して、不正な利益を上げる方法だ。「増資」とは株式を新たに発行することで、資本金が増えることからこう呼ばれている。株式の数が増えれば、株価にはマイナスに作用する。追加公演が伝えられた途端、オークションでのチケットが値下がりするように、増資が伝えられた瞬間、株価は下落するのが通常だ。
増資インサイダー取引は増資の情報を秘かに入手した人が、値下がりを見越して、一足先に株式を売却して利益を得ようとするもの。株式市場には「空売り」という方法もあることから、株式を持っていなくても、売りを仕掛けることができる。そこで、増資の情報を得た段階で「空売り」を実施、増資が発表されて株価が下がった段階で買い戻せば、売買益が転がり込むというわけだ。追加公演の情報を秘かにつかんだ人が、チケットをオークションで高値売却、追加公演のチケットが販売されたら、定価で再購入して利益を得るというわけだ。
秘かに入手した増資の情報を利用して株式取引を行うことは、インサイダー取引に該当する。インサイダー取引とは、会社の内部情報に接する立場にある人が、その特別な立場を利用、その情報が公表される前に株式などの売買をすること。このような取引が行われると、一般の投資家との不公平が生じ、株式市場の公正性・健全性が損なわれる恐れがあるため、金融商品取引法で禁止されている。増資も重要な内部情報であり、処罰の対象となるのだ。
ところが、日本の株式市場では、増資インサイダー取引が横行している。2010年10月に行われた東京電力の増資では、増資発表の前日にこの情報を入手した株式トレーダーが大量の空売りで利益を得たとして処罰を受けた。10年はこのほかにも、日本板硝子や国際石油開発帝石などの増資で、インサイダー取引が摘発されるなど、日本の株式市場は「増資インサイダー天国」と揶揄(やゆ)されている状況なのだ。
増資インサイダー取引を生む最大の原因は、証券会社の情報管理体制の甘さにある。増資の情報は、実務を担う証券会社の「引受部門」にもたらされるが、これが株式の売買をしている「営業部門」に流出している。二つの部門には厳格な情報の遮断体制(チャイニーズウォール)が築かれるべきだが、これが十分に機能していないのだ。
インチキが横行すれば、オークションで買おうという人が減るように、増資インサイダー取引が横行すれば、株式市場の信用度は低下してしまう。増資インサイダー取引は重大な犯罪。これを根絶しない限り、株式市場の発展は望めない。