同じような事態が2015年1月15日に発生した。スイスフランへの買い注文が殺到して為替市場がパニックとなり、巨額の損失を被った金融機関や投資家が続出したいわゆる「スイスフランショック」だ。この原因となったのが「管理変動相場制」の破綻で、通貨当局が規制ロープを手放した結果だった。
管理変動相場制は、通貨当局が為替相場の動きを一定の範囲に収めようとする為替制度のこと。通貨当局が水準を決める「固定相場制」と、自由な取引に委ねる「変動相場制」の中間に位置するもので、為替相場の上限と下限を設定し、その範囲内に入るように「管理」しようとする為替制度。1ドル=100円などと、ロープで為替相場を縛り付けるのが固定相場制、2本のロープで95~105円の間に収めようとするのが管理変動相場制、ロープを張らずに市場に任せるのが変動相場制である。
管理変動相場制を採用しているのは中国やベトナム、ミャンマーにカンボジアなどの新興国に多い。固定相場制から出発し、経済が発展し自由度が高まるにつれて管理変動相場制、そして変動相場制へ移行するのが一般的だ。先進国の中で、変則的な管理変動相場制を採用していたのがスイスで、11年9月以降、対ユーロでのスイスフラン相場についてのみ、「1ユーロ=1.2スイスフラン」という上限を設けていた。
管理変動相場制を維持するのは容易ではない。ドル・円相場の上限を1ドル=90円とする管理変動相場制が採られていたとする。何らかの事情で「ドル売り・円買い」の動きが強まり90円を突破しそうになった場合、通貨当局が「止めろ!」と叫んでも投資家やトレーダーは従わない。そこで通貨当局は、市場の動きとは反対の「円売り・ドル買い」の市場介入を実施して、円高を止めようとする。90円という水準にロープを張り、市場介入という強硬手段で市場の動きを制止するのだ。
しかし、通貨当局の力には限界があり、市場の動きを抑えきれなくなることもある。それが現実のものとなったのがスイスだった。スイスフランの上限を設定して、スイスフラン売りの市場介入を続けていた通貨当局だったが、ヨーロッパの債務危機に絡んで加速した猛烈な買いの圧力に耐えきれなくなり、15年1月15日に突如として上限を撤廃し管理変動相場制を放棄する。
1ユーロ=1.2スイスフランに張られていたロープが突然外されたことでスイスフラン買いが一気に加速し、わずか1日で0.8スイスフランまで急上昇した。ドル・円相場で言えば、120円から一気に80円となったわけであり、管理変動相場制を信じていた投資家は大打撃を受けた。ドイツ銀行は1日で1億5000万ドル(約176億円)の損失を出したと伝えられ、個人投資家や外国為替証拠金取引(FX)運営会社でも破綻が続出した。ロープが外された結果、押し寄せるスイスフラン買いの人々の下敷きになったのだ。
アルバイトが入場制限のロープを放棄したことで混乱を引き起こしたイベントの主催者は、管理体制の不備を問われた。管理変動相場制を突如として放棄したスイスの通貨当局に対しても、余りに無責任だと批判する声も出ているのである。