迷惑系ユーチューバーをやっていると世間から顰蹙(ひんしゅく)を買い、非難されるばかりだが、「外国人叩き」に転向すれば一部からは賞賛され、「愛国者」と持ち上げられる。その上、市議会議員にまで当選するのだから、ある種の人々にとってはこれ以上ないほど「便利」なツールだろう。埼玉県戸田市議の河合悠祐氏にも同じ構図を感じる。そうして本人たちが「日本のため」を強調すれば、一部からは「正義の味方」のように喝采を浴びる。
このような傾向、諸外国でも見られるのかと聞くと、「言ってしまえばトランプ大統領もそんな感じですからね」という答えが返ってきた。そうか……。ある意味で、現役の、むちゃくちゃスケールの大きい「リアル迷惑系」と言えるかもしれない。移民を厳しく取り締まる一方、イスラエルとともに突然のイラン攻撃に踏み切り、重要な軍事作戦さえSNS発表する世界最強の国の大統領。しかもホルムズ海峡封鎖により、世界経済は大打撃を受けている。
そんなトランプ大統領が最初に大統領の座を射止めた2016年頃から、「空気」は明らかに変わっていた。
「2000年代まで、ヨーロッパではレイシズムやナチズムの許容は絶対にタブーでした。極右政党も何度も出てきましたが、政権には絶対に入れないなど防波堤が機能していました。しかし、第一次トランプ政権以降、この防波堤が乗り越えられ、壊されてしまった。確かにその以前、2005年にも、当時は内務大臣、後に大統領となるフランスのサルコジは、アルジェリア系二世を『社会のクズ』呼ばわりし、極右政党の物言いに乗るようなことをし、人気を集めようとしました。これが、極右に流れた票を取るため、極右の話題に乗ってしまう悪しき前例となったと言われます。ただその後、特にトランプさんの出現以降、少し前であればタブーだったことが、欧米でも大きく変わってしまった」
一方、日本ではそもそもそのタブーすらまともになかったと言えるだろう。先に石原元都知事の三国人発言について書いたが、欧米であれば大問題となり、政治家生命を絶たれるような発言が、「石原節」などと不問にされてきたのが日本だ。
■「失うものがある人たち」の不安
それではなぜ、排外主義が蔓延るのか。これまでさまざまな分析がなされてきた。その中には時に「経済的な困窮」も挙げられるが、田辺さんはその立場には立たない。
「困窮した人が敵を探して、近いところで働いている外国人を叩くみたいな見方もあるんですが、そんな単純な話ではないと思います」
それよりも注目するのは、「社会全体を覆うような不安感や不透明感」だ。以下、前半でも触れた『地平』25年10月号に田辺さんが寄せた論文からの引用である。
「特に国家が提供する各種の『セキュリティ』(身体的安全・法的安定・経済活動の安定・雇用保障・社会保障など)の先行きへの不信感が広がる時代状況においては、その『犯人探し』がなされやすい。その『犯人』としては様々な集団が名指されるが(ときには「官僚」、ある状況下では「高齢者」など)、外集団である外国人や移民は、(事実としては要因ではないにもかかわらず)そのターゲットとされやすい」
田辺さんは言う。
「いわゆる“中流”とされていた人たちが、広い意味でのセキュリティ不安を抱える状況になってきています。戦後の日本は福祉国家として、病気になったら健康保険があるし、年を取ったら年金があると言われてきました。それがネオリベ的な改革で弱っていったわけですが、左右どちらの政治勢力も現実的な経済政策を出せてない。欧州もそうです。そんな中、欧州では人権を根拠に難民を多く入れていますが、そうすると『俺たちは大変なのに、あの難民は住む場所を与えられるってなんだよ』と反発が起きる。これを福祉排外主義と言いますが、ある程度失うものがある人たちが陥りやすいものです」
ちゃんと働いて、納税して、各種保険料も払って社会を支えてきたからこそ、「なんであいつらが」となる気持ちは理解はできる。
「そう、失うものがある人たちなんです」
ここで田辺さんはある本のタイトルを口にした。それは『壁の向こうの住人たち』(岩波書店、2018年)。米国最貧州のひとつであるルイジアナ州の共和党支持者たち40人にリベラル派の著者がインタビューしたものをまとめた一冊は、第一次トランプ政権の際、「トランプ勝利を理解するための6冊」のうちの一冊に選ばれている。
「あの本に登場する、将来トランプ支持者となったと考えられる人たちは、みんな真面目に頑張っているんですよ。それなのに自分たちはなかなかアメリカンドリームに辿り着けない。そんな人たちがオバマが大統領になるのを見た時なんかに、自分たちが並んでいた場所に黒人が横入りしてきたような感覚を抱くんですね。あるいは女性も横入りしてきて、自分たちよりいい場所に並んでいると。社会的には自分たちの方が上だと思っていたのに、どうやらそうではない、なんで頑張ってる俺たちに対して、あいつらは横入りするんだ、という感情になる」
近年、差別などにより不利益をこうむってきた集団に対し、教育や雇用の機会など機会均等をもたらすための積極的格差是正措置=アファーマティブアクションが重視されている。が、人種や性別による格差が是正されることにより、「横入りされた」「ズルされた」「なぜ自分が払った税金がそんな奴らに使われるのだ」と感じる人が一定数、いるのだ。「日本人ファースト」という言葉があれほど刺さったということは、この国にもそのような思いが燻(くすぶ)っているのだろうか。
「外国人観光客がわかりやすいと思います。欧米の人たちは別にして、日本人は東南アジアの人々のことを自分たちより下に見ていたわけです。でも、もうその人たちも十分にお金を持っている。そして日本人には手が出ないものを食べ、高級ホテルに泊まっている。そういうものを見ると、自分が正しいと思っていた序列の構造が乱されるので、何か不正があると思ってしまう傾向がある」
「失われた30年」の停滞がそれに拍車をかけるわけだが、田辺さんはここで、日本経済没落の原因は移民を入れなかったことにもあるのではないかと指摘した。
「ヨーロッパの国々も日本と同じように少子化と言われていました。でも、日本ほどひどくない。その理由は、人口減に入ることがわかっていたので、なんだかんだで移民を受け入れ続け、経済のパイ全体を大きくし続けたことにあるかもしれません。その結果、ヨーロッパ諸国ではGDPが底上げされ、結果的に日本に対して何倍もの差をつけている。実は20年以上前から、日本は国連などから移民の数が少なすぎ、経済を維持出来ないぞ、と警告されていたんです」
「失われた30年」と移民の因果関係について考えたこともなかったけれど、田辺さんは前出の『地平』の原稿で、24年の1年間で日本国籍者の人口は91万人減っていること、しかし、外国籍者の人口が35万人以上増えたことで総人口の減少は55万人超に留まっていることを指摘している。文章は、以下のように続く。
「そのように人口減少のペースが緩やかになった分、経済規模であれ、労働力人口であれ、日本はギリギリ『先進国』の水準に踏みとどまることができている。仮に、参政党が主張するような外国人受け入れ制限を実行すると、(もともとは「外国人労働者が日本を選択しなかった」ときに外国人労働者が100万人減少した場合の試算であるが)五年目には実質GDPが3.9%も低下すると試算されている」
そうすれば、先に書いたような社会保障制度などの持続可能性はさらに危ぶまれ、セキュリティ不安は増すばかりだろう。