ドイツでは日本人選手9人がプレー
2011年7月5日朝、柏FW(フォワード)大津祐樹のドイツ移籍が報じられた。1990年3月24日生まれ、まだ21歳の若者で、日本代表の経歴はなく、ロンドンオリンピックを目指すU-22日本代表の候補の1人にすぎない。だが、今季のJリーグで首位を快走する柏の左サイドで攻守に活躍するプレーが、ドイツのブンデスリーガ1部のボルシア・メンヘングラッドバッハの興味を引いた。メディカルチェックで問題がなければ移籍が決まるという。
この移籍が完了すれば、現在のところ新シーズンにブンデスリーガのクラブに所属する日本人選手は9人ということになった。昨年(2010年)のワールドカップ前には、ヴォルフスブルクに移籍して2年半になったMF(ミッドフィールダー)長谷部誠(27歳)1人だけだった。しかし今季は、1部18クラブの半数で日本人選手のプレーを楽しめることになったのである。
ヨーロッパ主要リーグにも進出
ブンデスリーガだけではない。オランダの1部リーグでは、日本代表DF(ディフェンダー)吉田麻也(22歳)を筆頭に数人がプレーしている。イタリアのセリエAでプレーするDF長友佑都(24歳、インテル・ミラノ)、FW森本貴幸(23歳、カターニャ→ノバラ)、ロシア1部のCSKAモスクワで中心選手として活躍するMF本田圭佑(25歳)、ベルギーのリールセからイングランドのプレミアリーグへの移籍がうわさされているGK(ゴールキーパー)川島永嗣(28歳)など、あらゆるポジションの日本人選手が、ヨーロッパの主要リーグを舞台に活躍するようになっている。そして、2011/12シーズンを前に、大津だけでなく、ガンバ大阪のFW宇佐美貴史(19歳)がドイツのバイエルン・ミュンヘンへ、J2東京ヴェルディのMF高木善朗(18歳)がオランダのユトレヒトへ、そして鹿島アントラーズの日本代表DF伊野波雅彦(25歳)がクロアチアのハイデュク・スプリトへと移籍した。ヨーロッパへの日本選手流入の勢いはまだまだ止まらないようだ。
ではなぜ、ヨーロッパのサッカー界でこれほど急激に日本人選手に対する評価が高まっているのだろうか。
選手の大活躍で評価が急上昇
昨年のワールドカップで日本代表入りを逃しながら、セレッソ大阪からドイツのドルトムントに移籍した香川真司(22歳)は、攻撃的MFというポジションでいきなりゴールを量産し、チームが首位を独走する原動力となった。だがこの香川は、ドルトムントにとって「ただ同然」だった。契約期間が満了した時点での移籍だったからだ。「移籍金」は発生せず、ドルトムントは「育成費」として、セレッソ大阪に35万ユーロ(約4000万円)支払っただけだった。そのほかにも移籍金が発生しない移籍はいくつもあった。だが、「ただ同然」で移籍しても、彼らが活躍しなかったら、ヨーロッパのサッカーシーンでこれほど急激に日本人選手が増えることはなかっただろう。
日本人選手の評価が高まった最大の要因、それはもちろん選手たちの活躍だ。
ワールドカップでの活躍を認められて、10年にFC東京からイタリアのチェゼーナに移籍したDF長友は、左サイドバックという地味なポジションでありながら、またたく間にファンの心をつかみ、11年1月には名門の名門インテルに移籍しただけでなく、出場機会を得ると期待以上の活躍を見せ、信頼を勝ち得た。
11年1月に清水エスパルスからドイツのシュツットガルトに移籍したFW岡崎慎司(25歳)は、大きな期待をかけられていたわけではなかった。しかし左サイドのFWとして起用されると、チームの攻撃の質を大幅に上げる活躍を見せ、降格の危機から救った。彼自身はなかなか得点を決められなかったが、最後の2試合で見事な得点を記録、新シーズンへ向け大きな期待を寄せられている。
「組織プレー重視」にフィット
こうした活躍の背景には、ヨーロッパのサッカーが質的に変わってきていることがある。西ヨーロッパ各国のリーグに「外国人スター」が急増したのは過去15年間ほどのことだが、ずっと求められてきたのは「強烈な個」だった。1人で難局を打開し、得点を挙げられるスーパーストライカー、相手の攻撃を完封し、攻め上がって決勝点を決めるスーパーディフェンダー。1人で2人分の働きをするスーパーミッドフィールダー……。だがそうした「強烈な個」がいたるところで見られるようになると、近年、多くのチームでは逆に組織プレーを重視するようになった。その傾向が、チームプレー重視の環境で育ってきた日本選手が生かされることにつながっている。コンビネーションプレーへの理解度の高さだけでなく、我を張らず、チームの勝利のために仲間と協調できるのは、日本人選手の大きな強みだ。
日本人の「フィジカル面での長所」も、狭い地域での打開を求められる現代サッカーの要請にかなっている。小さく、非力ではあっても、日本の選手たちはすばやいステップワークと、何より鋭いターンをもっている。それがチームのなかで大きなアクセントになっている最高の例が、ドルトムントの香川だ。
チーム貢献力が高評価生む
かつてヨーロッパ・サッカーのなかで活躍できたのは、中田英寿(ペルージャ、ローマ、パルマなど)、小野伸二(フェイエノールトなど)、中村俊輔(レッジーナ、セルティックなど)といった、個人的に特別な力をもった選手だけだった。いわば「強烈な個」の戦いで勝ち抜ける者だけがヨーロッパのリーグで評価されていた。だがいまは、それぞれのポジションでそれぞれの個性を生かしながら、チームに貢献できる選手として、日本人選手が高い評価を受けられるようになった。それは日本サッカーへの評価の急激な高まりにつながっている。その流れがさらに太いものになるのか、それとも先細りになっていくのか……。すべてはいまヨーロッパにいる選手たちの奮闘にかかっている。