第3回:1938年フランス大会(開催期間1938年6月4日~6月19日)
出場国・地域: 15
予選参加国・地域:36 出場枠 欧州11(+開催国フランス、前回優勝国イタリア)、南米1、北中米カリブ1、アジア1、中東・アフリカ0(エジプト、パレスティナが欧州予選に参加。)
欧州:イタリア、オランダ、スイス、スウェーデン、チェコスロバキア、ドイツ、ノルウェー 、ハンガリー、フランス、ベルギー、ポーランド、ルーマニア(オーストリアが参加予定だったが予選通過後にドイツに併合され棄権)
南米:ブラジル
北中米カリブ:キューバ
アジア:オランダ領東インド
(現インドネシア。日本の棄権で不戦勝による参加)
中東 ・アフリカ:なし
優勝国:イタリア
得点王:レオニダス(ブラジル) 8得点
トーナメント

*第3回の開催地はフランス。フランスで行われた理由には諸説あるが、当時のFIFA会長のジュール・リメの母国であり、彼の強い希望があったといわれる。アルゼンチンを始め南米の国々は、世界大会はヨーロッパと南米が交互に開催を担当するべきだと主張したが認められず、最終的にアルゼンチンは大会不参加を表明した。
*翌年に第2次世界大戦が始まる、暗い世相が反映された大会だった。日中戦争の激化にともない、初めて大会にエントリーした日本が予選を棄権、内戦が勃発していたスペインも同じ道をたどることになった。さらに優勝候補のひとつだったオーストリアが本大会出場を決めていたにもかかわらず、大会前にドイツに併合され国自体が消滅してしまう事態が発生している。
*優勝は前回大会と同じくイタリア。優勝したものの批判にさらされた前回大会の汚名を返上するような実力での勝利であった。ブラジルが現在の〝サッカー王国〟の片りんを見せ始めたのもこの大会。8得点で大会得点王に輝いたエースのレオニダスを中心とした攻撃的なサッカーは観客を魅了した。

決勝の対ハンガリー戦の開始前、ファシスト式敬礼を行うイタリア代表(写真:AP/アフロ)