第4回:1950年ブラジル大会(開催期間1950年6月24日~7月16日)
出場国・地域: 13
予選参加国・地域:33 出場枠 欧州7(+前回優勝国イタリア)、南米4(+開催国ブラジル)、北中米カリブ2、アジア1、中東・アフリカ0(イスラエル、シリアが欧州予選に参加、辞退した国が多く想定していた出場枠を下回った)
欧州: イタリア、イングランド、スイス、スウェーデン、スペイン、ユーゴスラビア
南米: ウルグアイ、チリ、パラグアイ、ブラジル、ボリビア
北中米カリブ:アメリカ、メキシコ
アジア:なし
中東・アフリカ:なし
優勝国:ウルグアイ
得点王:アデミール(ブラジル) 9得点
決勝:1950年7月16日(リオデジャネイロ) ウルグアイ2-1ブラジル
グループリーグ表(各グループ1位が決勝ラウンド進出)
(グループ3が3チーム、グループ4が2チームと変則的なのは、グループ3はインドが出場辞退、グループ4はトルコとスコットランドが出場辞退したため)

*この大会のみ決勝ラウンドもグループリーグを勝ち抜いた4チームによる、総当たり戦となった。
*最終戦として組まれたブラジル対ウルグアイで優勝が決まったため、この試合を「決勝戦」と呼んでいる。

*第2次世界大戦のため12年間の中断を挟んで行われた第4回の開催地はブラジル。これまでのトーナメント方式をやめ、試合数を増やし収益を上げるため決勝ラウンドも含めてすべてリーグ戦での大会となった。
*当初、参加申し込みしたのは33チームだったが、戦後間もないこともあり参加辞退が相次いだ。南米ではブラジルとの関係が悪化していたアルゼンチンが辞退、アジア予選を勝ち抜いたインドは裸足でのプレーを禁じられたことにより辞退。
*ホスト国としての盛り上がりにも後押しされたブラジルは順当に勝ち上がり決勝へ進むも、ウルグアイに逆転負け。試合が行われた「マラカナンスタジアム」にちなみ「マラカナンの悲劇」としてのちのちまで語られる。ショックのあまり自ら命を絶つ人も出て、観戦者のうち、4名のブラジル国民が亡くなった。この「悲劇」をきっかけに、これまでブラジル代表が着用していた白いユニフォームは、現在トレードマークになっているカナリア色のユニフォームに変更された。

決勝で逆転ゴールを決めたギジャ(ウルグアイ)(写真:AP/アフロ)