戦争が終わった1カ月後の1945年9月15日に刊行され、同年末までの3カ月強で約360万部という驚異的なベストセラーとなった英会話テキスト。32ページのパンフレットで、「ANGLO-JAPANESE CONVERSATION MANUAL」という英題がついている。値段は80銭(現在の800円程度)。
出版したのは科学教材社。戦時中は科学雑誌を中心に手掛けていた誠文堂新光社の子会社である。敗戦を受けて、ぼうぜんとする社員たちを前に、誠文堂新光社の小川菊松社長が放った「どうだ。日米会話の手引が必要じゃないか」という一言から、大急ぎで編集作業が始まったなどといわれているが、社員の発案で始まったという話もある。いずれにしろ、米軍の占領によってアメリカ人と接する必要が出てくるだろうこと、にもかかわらず戦時中は「敵性語」である英語に触れる機会が失われていたために英語力が落ちており、即席の英会話テキストが必要となるだろうという判断からの緊急出版だった。
当時、世の中では紙が不足していたが、同社は戦時中、軍事技術を礼賛する編集方針によって紙の配給を多く受けていたので、その紙を転用することができた。語学教材を刊行した経験はなかったが、大東亜共栄圏構想のために出版されていた日中会話や日タイ会話といったテキストを参考に例文を作り、会社に出入りしていた東京帝国大学の大学院で学んでいた板倉勝正さん(後に中央大学名誉教授)が例文の英訳を作った。
内容は、例えば「郵便局はどこですか」という日本語例文に「Where is the post-office?」という英文と「ウェヤ リ ザ ポーストフィス」という読みがながついているスタイルで、日常に必要な単語と例文が並んでいるというもの。
その後、同書のベストセラーを受けて『模範日米会話』『実用英語会話』『ポケット米日会話』『わかりやすい日常英語会話』『進駐軍との日米会話』といった具合に便乗本が次々と刊行されると、小川社長は『日米会話手帳』の使命は終わったとして、45年末に同書を絶版にした。
同時期、NHKも「実用英語会話」の放送を開始。翌1946年2月に始まった番組「英語会話」は人気を呼び、「証城寺のたぬきばやし」の替え歌で「カム、カム、エヴリバディ」というテーマソングを多くの人が口ずさんだ。午後6時から15分間の放送が5年間、続けられた。